「戦略的曖昧さ」はひとつの武器

 中国政府の方針を念頭に置いて、「台湾有事」については、歴代政権は慎重な発言に終始してきた。それはまた、日本の準備している戦略を相手に明らかにしないためでもある。

 存立危機事態になるのがどのようなケースなのか、首相が公の場で具体的に述べてはならないのである。

 中国側は反発のトーンをあげてきている。11月13日の記者会見で、中国外務省の林剣副報道局長は、「直ちに誤りを正し、悪質な発言を撤回しなければならない。さもなければ日本は全ての結果責任を負う」と述べた。さらに、「日本が台湾海峡情勢に武力介入すれば侵略行為となる。中国は必ず真正面から痛撃を加える」と牽制した。

中国外務省の林剣副報道局長(写真:共同通信社)

 高市は「政府の従来の立場を変えるものではない」と発言の撤回を拒否しているが、中国はあくまで撤回を求める姿勢である。日中関係の悪化は避けられないであろう。

 歴史を振りかえると、1972年2月にアメリカのニクソン大統領が中国を訪れて毛沢東と会見し、国交を開くことで合意した。その後、1979年1月に正式に国交正常化が実現した。アメリカは、「中華人民共和国を唯一正統の政府として認め」、「台湾独立を支持しない」とした。

 しかし、同年4月に、米議会で、親台湾の保守強硬派が巻き返しを図って、「台湾関係法(Taiwan Relations Act)」を成立させ、アメリカが台湾の援助を続けることが定められた。

 1996年3月に台湾住民による自由で民主的な総統選挙が行われた際に、中国は、台湾独立を画策する選挙だと非難し、台湾周辺で軍事演習を行って威嚇した。これに対して、アメリカは第7艦隊を台湾海峡に空母を派遣して牽制した。そして、初代総統には、中国に抵抗する姿勢を示した李登輝が選ばれた。

 中国が台湾に軍事侵攻した場合には、米軍は台湾を支援するために出動する可能性が高い。アメリカの台湾関係法によると、米軍の介入は義務ではなく、オプションである。

 実は、この規定が大きな意味を持つ。つまり、この「戦略的曖昧さ(Strategic Ambiguity)」が、中国を牽制するのに最適なのである。高市政権が学ぶべきは、アメリカのこの「戦略的曖昧さ」である。必ず介入すると明言すれば、中国側は対抗手段を準備できるようになるからである。