参院予算委員会で答弁する高市首相(11月12日、写真:つのだよしお/アフロ)
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 高市早苗首相が、台湾とフィリピン間の海峡封鎖に関して 「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと私は考える」と答弁したことから、存立危機事態を巡って多くの議論が行われている。

 マスコミ上の議論を聞いていて筆者が強く思うのは、存立危機事態に関して真に大切な論点が正面から議論されていないということである。

 武力攻撃事態等対処法に定められた存立危機事態とは、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」である。

 現在行われている議論では、この定義前半の「密接な関係にある他国に対する武力攻撃」に際して日本が武力を行使することに焦点が当てられることが多い。

 2015年のいわゆる平和安全法制の整備によるこの存立危機事態という概念の導入は、日本自体が攻撃されていなくても武力を行使できるという集団的自衛権を容認する大きな政策転換であったことから、これは当然であるとも言えよう。

 しかし、法改正時に議論されたように、これは他国への武力攻撃があった場合に共同で自衛権を発動するという一般的な集団防衛を認めたものではなく、あくまでも「限定的」な集団的自衛権であるとされた。

 それを定めたのが、定義後半の「国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合に初めて武力を行使できるという規定である。

 存立危機事態の集団的自衛権が「限定的」だと言われるのは、武力行使の手段などが限定的だという意味でなく、行使できる事態が限定されているという意味である。

 すなわち、存立危機事態における日本の武力行使は、専守防衛という従来からの日本の防衛政策を維持した上で、真に日本国民の生命等が脅かされる事態に限って発動できる、個別的自衛権に極めて近いものだと解釈するのが妥当であろう。

台湾に対する武力攻撃と存立危機事態の関係

 以上のような点を踏まえて考えてみるならば、日本が存立危機事態を認定するにあたっての真の論点は、台湾がどのように武力攻撃されるかにあるのではなく、日本国民に明白な危険が迫っているか否かにあるのは明白である。

 中国による台湾に対する武力攻撃は、それだけで直ちに日本国民の生命を直接脅かすものではない。

 誤解のないように言っておけば、筆者は中国による武力攻撃を含む一切の強制的な台湾統一には断固として反対である。

 そのような事態が起きた場合には、日本政府も毅然たる態度でこれに反対し、中国に対してしかるべき対処をすべきであると思う。

 しかしそれは、日本が直ちに中国に対して武力を行使すべきだということを意味するわけではない。

 ロシアによるウクライナ侵略に当たって、北大西洋条約機構(NATO)加盟国は政治的にウクライナを支持し、兵器供与を含め各種の支援を行っているが、直接ウクライナ防衛のために兵力を送ることは避けている。

 もしも兵力を送ってロシアと交戦することになれば、ロシア側もNATO諸国に対して攻撃する可能性が高く、それによって全面戦争が起きることを避けるための判断であろう。

 万が一、中国が台湾に対して武力侵攻することとなった場合、日本も現在のNATO加盟国、特にウクライナと国境を接しているポーランドなどと同じ立場に置かれることになる。

 この際の日本の対応としては、NATO加盟国がウクライナに対する場合と同様、事態が拡大して自国に攻撃が及ぶことを避けつつ、可能な手段で台湾を支援することが、まず考えられよう。

 しかし、ウクライナの場合と比較して、台湾の場合には米国が直接米軍を送って戦闘に参加する可能性が高いと考えるならば、事情は少し変わってくる。

 その際、在日米軍基地から米軍戦闘機などが直接出撃する可能性が高いほか、日本は兵站拠点としても米軍の作戦に欠かせない役割を果たす。

 そこで、中国が米国参戦も織り込み済みで台湾に軍事侵攻するならば日本は否応なく戦闘に巻き込まれるので、日本への実際の攻撃発生を待つことなく、存立危機事態を認定して武力行使に参加すべきだとの主張も出てくるわけである。

 しかし、ことはそのように一本道に進むとは限らない。

 今のトランプ政権を見ていれば、米国が来援しないことも十分あり得るし、むしろ、「米国は支援に回るので、日本が台湾防衛に参戦しろ」と促してくることもあるかもしれない。

 また、米軍が参戦して日本がそれを支援するとしても、日本は直接の戦闘には参加しないという選択肢もあろう。

 このような様々な可能性がある中で、今日本として決めておかなくてはならない真の論点は何なのだろうか。