日本防衛に当たっての2つの考え方

 中国による台湾侵攻に際しての日本防衛に当たっては、次の2つの基本的考え方があると考える。

 第1は、政治的には台湾を支援しつつも、軍事面ではあくまで日本国民の安全と領域の保全を優先し、そのために限定して防衛力を行使するという考え方である。

 第2は、台湾防衛に際して、日本も攻撃されることを前提に、米軍と自衛隊が緊密に連携して積極的な防衛作戦を行うという考え方である。

 どちらの基本方針を採るかによって、平素からの部隊配置も含めた防衛力整備のあり方や、自衛隊の訓練の内容は変わってくる。

 第1の場合には、特に南西諸島の防衛態勢を固め、中国が台湾に侵攻したとしても、日本の領域に手を出させず、もしも攻撃された場合には断固として排撃する姿勢を示すことに主眼が置かれる。

 この際、米国が台湾防衛にどのようにコミットするのかは変数であり、米軍が在日米軍基地から出撃するとなった場合、これを容認するかどうかは日本政府の大きな判断事項であるが、容認したとしても自衛隊は在日米軍基地を含む日本領域の防衛に専念することになる。

 この中で存立危機事態は、日本国民、特に南西諸島住民の生命が危機に曝されて、日本に対する武力攻撃が実際に起きる前にこれを排除する緊急の必要がある場合に、認定されることになろう。

 これに対して第2の場合には、存立危機事態をより幅広く解釈することになる。

 台湾が中国によって武力統一されること自体が、日本の「国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」であると認定し、日本が攻撃されていなくても武力行使に参加するという考え方である。

 あるいは米軍が戦闘に参加しているのに、日本が参加しないことが、政治的に「明白な危険」に当たるのだという解釈もあるかもしれない。

 いずれにせよこの場合には、米軍と自衛隊による台湾防衛のための共同作戦を積極的に展開し、その作戦全般の中で日本の領域防衛も合わせて達成していくこととなる。

 抑止と言う観点から考えた場合、第1の考え方は日本領域に対する攻撃の抑止を主眼としているのに対し、第2の考え方は日米が共同して台湾に対する中国の武力攻撃を抑止することを主眼としている。

 第2の場合、抑止が継続していれば問題はないが、万一抑止が機能せず侵攻が発生した場合、台湾のみならず日本も戦場になるというリスクを抱えることになる。

 そして、そもそも米軍が台湾防衛に来援しないということになれば、この考え方自体が破綻してしまう。

 第1の場合にも、台湾問題を巡って、日米安全保障関係をどのようにマネージしていくのかが難しいという問題はあろう。

 また、日本が直接参戦しないとすれば、台湾を中国から守るために、代わりにどのような支援をしていけばよいのかも大きな問題であり、簡単なことではない。

 ここで挙げた2つの考え方は両極端であり、その間でバランスを取っていくのが現実的だとの考えもあり、実際そうなる可能性も高いだろう。

 しかし、腹が決まっていないと両者の間でフラフラと揺れ動くことになり、結局、成り行きに流されて最悪の事態になってしまうことにもなりかねない。

 読者の中には、こんなことは議論するまでもなく、当然一つの結論しかないと思っている方が多いかもしれない。

 ところが実際に話してみると、第1の考えが当然だと思っている日本人と、第2の考え方が当然だと思っている日本人がいて、両者の間で議論が行われていないというのが実態だということに気付く。

 政治信条が似ている人々の間でさえも、この考え方に関しては結構意見が分かれることが多いのである。

 このまま議論なしに、実際に台湾危機が迫ってきた場合、突然国民の中で議論が沸騰し、収拾がつかないことになるかもしれない。

 外国による情報操作や影響工作が取り沙汰され、SNS上での感情的極論が横行する今日、そのような混乱こそ安全保障上の危機である。

 危機が切迫していない今のうちに、しっかりと冷静な議論を行って、国民としての腹を決めておかなくてはならないのではないだろうか。