経済状況は「反日」どころではない

 韓国社会は保守支持派と革新支持派で社会が大きく二分されており、その大部分が左右二大政党をそれぞれ支持し、互いに聞く耳をもたない。保守派支持者にしてみれば「国民の力」の発するメッセージが絶対であり、革新支持派にしてみれば「共に民主党」の価値観が絶対である。

 つまり、2大政党間の衝突がほぼそのまま社会の葛藤に現れていて、しかもその規模が大きいため、社会全体が大混乱に陥ってしまう。

処理水放出のデモに参加する李在明氏=写真中央、2023年(写真:AP/アフロ)

 だが、何よりも、李大統領が日本融和政策をとる理由は、かつてとっていた対日強硬姿勢に深いこだわりがないからだ。そもそも李大統領は現実主義で、得をすると思ったことは何でもやる。逆に、損をすると思ったことには目もくれない。

 李大統領がかつて日本に対して強硬的な言動を繰り返してきたのも、社会がそうした発言に共鳴したからだ。記憶に新しいところでは、文在寅(ムン・ジェイン)政権下でのノー・ジャパン(日本不買運動)で、社会全体が日本製品排斥の一色に染まった。福島処理水放出反対運動も、そうした社会風潮のなかで注目を浴びた。

 そうした李大統領に対して、「理念がない」と揶揄する報道が出ていた。だが、理念があるからといって、良好な政権運営ができるとは限らない。

 文大統領は強い理念の持ち主で、南北融和こそが朝鮮半島に平和をもたらし、ひいては東アジア、そして世界が平和になると説いた。回顧録を読めばすぐわかるが、この理念が文大統領の政策全体に深く根を下ろしていた。

 だが、その結果どうなったかといえば、アメリカのトランプ大統領や北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記と歩調を合わせられず、南北関係はかえって後退した。また、この理念が強すぎたため、内政運営に神経が行き届かず、不動産価格が急騰し、コロナ前からすでにインフレの嵐が吹き荒れ、経済は麻痺状態に陥った。これが現在の社会分裂につながったと、私は考えている。