10月20日に開催されたショパン国際ピアノコンクール(写真:ロイター/アフロ)
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(立花 志音:在韓ライター)

 2025年10月、ショパン国際ピアノコンクールがワルシャワで開催された。筆者の“推し”である牛田智大氏と韓国人ピアニスト、イ・ヒョク氏は惜しくもファイナル進出を逃したが、最後まで彼らの演奏を見届けた。

 このコンクールでは、両者ともスタインウェイのピアノを選んでいた。実は、筆者は「どのピアノを選ぶか」に、特に注目していた。

 2021年の同大会にも彼らは出場している。その時は、牛田氏がヤマハのグランドピアノを選択。イ・ヒョク氏はシゲルカワイのグランドピアノを選び、ファイナリストとして見事に名を残した。

 牛田氏の演奏は、非常に透明感のある演奏だった。ヤマハピアノの明るく澄んだ、小川の清流のような美しさが特徴的だった。

 イ・ヒョク氏の演奏は、重厚でありながらも若さのほとばしるような音だった。あの時の彼の演奏は、テクニックだけではなく、彼自身の感情とエネルギーを受け止めるだけのキャパシティがシゲルカワイのピアノにあったからこそ、なせる業だったと思う。

 日本で「グランドピアノ」といえば、誰もがまずヤマハを思い浮かべるだろう。ヤマハの音は、明るく、澄み切り、均整が取れている。

 しかし、シゲルカワイの響きには、また別の深みと厚みがある。高音部では、シンデレラがガラスの靴で、大理石の階段を駆け下りるかのような繊細な響きを表現できる。

 イ・ヒョク氏がそのピアノと出会ったことで生まれた重厚かつ繊細な響きには、日本の職人技が支える静かな力を感じられた。

 世界最高峰の舞台で日本製のピアノが選ばれ、鳴り響く──。日本という国の底力を、音の粒ひとつひとつから感じ取った瞬間だった。

 だが同時に、筆者は思う。韓国社会において「音楽」という言葉が持つ意味は、果たして純粋な芸術表現なのだろうか、と。