日本には、自分たちの文化から生まれる音がある
筆者も母の影響で、幼い頃からピアノとヴァイオリンに親しんだ。モノにはならなかったが、音楽を通じて世界を理解する力を得たように思う。国や時代によって音楽が違うのは当然だが、その違いを聴き分けられる耳を持つことが、どれほど人生を豊かにするか。音楽を学ぶと、世界の歴史と感情を一気に感じることができる。
韓国の富裕層が“音大”という名のブランドを纏うのは自由である。だが、肩書きにどれほど金を注いでも、音楽の本質は買えない。音楽は、演奏者の人生そのものを映す鏡だからだ。イ・ヒョク氏が奏でた一音一音には、彼の中に刻まれている歴史と、情熱、そして孤独が表現されている。それこそが、音楽が“本物”になる瞬間なのだと思う。
ショパンが生きた19世紀のポーランドもまた、国家を失いながら音楽で自我を守った国だった。
今の韓国にも、日本にも、そうした“音で自分を語る力”が求められているのではないか。そういう意味では自国でグランドピアノを製造できる国家というのは、世界に数えるほどしかない。しかも、日本にはヤマハとカワイと、世界に誇れる対照的なピアノメーカーが2社も存在する。
肩書きでも流行でもない、自分たちの文化から生まれる音がある。社会がどれほど見栄に覆われても、ピアノの響きは弾き手の魂を映し出す──そう信じたい。
立花 志音(たちばなしおん)
1977年生まれ 東洋英和女学院大学短期大学部キリスト教思想科卒業後、損保勤務を経てソウルに留学。2005年韓国で出会った夫と結婚。現在2男1女を育てながら日本人が見る韓国をライターとして韓国内で活動中。