日本が誇るべき吹奏楽部という文化資本
彼らは富裕層の妻たちが持つ“飾りとしての音楽”とは異なり、血の滲むような努力で世界の舞台に立っている。イ・ヒョク氏の演奏には、韓国人特有の感受性と情熱、そして一瞬に賭ける集中力がある。 スタインウェイを選んだ今回のコンクールでは、ファイナルには届かなかったが、素晴らしい演奏だった。
私は韓国社会を批判的に見ながらも、韓国人の芸術性には深い敬意を抱いている。
なぜなら、音楽とは本来、世界共通語であり、国境や階級を超えて演奏者のドラマが聴衆の心に届くからだ。ピアノの音色ひとつで、ポーランドの聴衆も、日本の聴衆も、そして韓国の若者も同じ世界線を共有できる。その瞬間にこそ、文化や言語の壁を越えた人間の普遍性を感じるのだ。
筆者の母はかつて声楽を学んでいた。大谷洌子(きよこ)氏に師事していたというのが、母の自慢だった。子供の頃は全く分からなかったが、大人になって調べてみると、戦時中に「オペラ界のシンデレラ」と呼ばれていた伝説の人だった。大谷氏は晩年まで後進の育成に尽力していたと聞く。
日本の芸術というのは、韓国と違ってすそ野が広く、門口が広い。だからこそ文化が自然に育っていく。少なくとも階級ロンダリングを動機に音楽を始める人はいないだろう。
そして日本の音楽界を支えているのは、全国の吹奏楽部の部員たちであると言っても過言ではない。日本に住んでいると普通のことすぎて、見落としがちだが、学校教育の延長線に、音楽を本格的に学べる門口があるというのは、大きな文化資本である。