APECの舞台で対面した高市首相と韓国の李在明大統領(写真:AP/アフロ)
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(立花 志音:在韓ライター)

「高市総理は、私の夢をすべて叶えた方です」

 2025年10月30日、韓国慶州APEC首脳会議の場で、韓国の李在明大統領は高市早苗首相を前にこう語った。通訳がその言葉を伝えた瞬間、会場には一瞬の沈黙が流れた。そして、李在明大統領は微笑みながら続けた。

「ドラム、スキューバダイビング、そしてオートバイですよ」

 高市首相が大学時代にヘビメタバンドでドラムを叩き、カワサキのバイクに乗っていた“アクティブな女性”であることを引き合いに出し、場を和ませたつもりのようだ。韓国メディアによれば、両首脳の初対面は終始和やかであったという。

 高市首相は囲碁好きの李大統領に、安東市と姉妹都市関係にある鎌倉産の碁石を贈り、李大統領は「韓国産のりと韓国コスメが好き」と語っていた高市に、同じく韓国製の海苔とコスメを贈った。

 高市首相は会談後、日本の報道陣に対して「大統領との間では、お隣の国だからこそ、隣国ゆえに立場が異なる諸懸案があるけれども、これらを自分たちのリーダーシップで管理して、韓日国交正常化以降、これまで築かれてきた日韓関係の基盤に基づいて、日韓関係を未来志向で、安定的に発展させていきたいということで合意した。楽しく有意義な会談だったと思っている」と笑顔で話した。

 韓国メディアはこの一連の光景を「強硬保守のイメージを覆した」「柔らかい現実外交」と好意的に報じた。だが、そこに映る笑顔の裏を筆者が読むならば、また違う物語も見えてくる。

 会談の席に着く前に高市総理は、会場に掲げられた太極旗に向かって、軽く一礼した。それは日本国旗よりも先だった。韓国ではその映像が繰り返し流され、「日本の首相が韓国の国旗に頭を下げた」と話題になった。

 保守系の朝鮮日報から左派系のハンギョレ新聞まで、これを「異例の行動」と評し、「極右で強硬派のイメージを和らげた」と報じた。

 ただ、日本人にとっては全く意味が違う。そもそも極右だとか左派だとか、そういう問題ではない。相手に敬意を表するという礼儀である。他者に敬意を示すことで、自らの品格を保つ。全くもってナチュラルな文化だが、韓国では相手が自分に頭を下げることこそが「尊敬の証し」であり「誇り」となる。

 同じ一礼でも、受け取る側の意味は正反対だ。日本人は「謙虚な政治家が現れた」と感じ、韓国人は「日本が我々を敬った」と誇らしく思う。ここにこそ、両国の文化的断層がある。

 筆者は長く韓国で子育てをしている。学校や地域で、親がどう振る舞うかを観察していると、教育がいかに国家の性格を形づくっているかを痛感する。