佐野政言による「田沼意知殺害」の背景
今回の幕府パートで不穏な空気を醸し出したのが、旗本の佐野政言(さの まさこと)だ。
政言がはじめて登場したのは、第6回放送「鱗剥がれた『節用集』」。意次の長男・意知(おきとも)と対面すると、佐野家の系図を見せながら「田沼の祖先が佐野家の末端の家臣だった」と説明。「系図を田沼家の由緒に使ってよいから、よい役につけてほしい」と頼んでいる。
意知は帰宅した父に事情を説明するが、あろうことか意次は「由緒などいらん」と佐野家の系図が記された巻物を、庭へ投げ捨ててしまう。巻物は落下した池の底に沈んでいくことになった。
実力でのし上がった意次のすごみを感じるが、タイミングも悪かったようだ。実はその直前に、意次は松平武元らに自身の家柄を揶揄されたばかり。そこに、意知がそんな系図を見せたものだから、意次も思わずそんなことをしてしまったのであろう。
この回が放送されたとき、一部の歴史ファンはざわざわとしたものである。実は、この佐野政言は田沼意知を斬りつけて、死に至らしめた男として知られているからだ。
なぜ、そんな凶行に出たのか。その動機は明らかになっていないが、さまざまな風評が流れた。そのうちの一つが「意知に求められて、佐野家の家系図を貸し出したものの、催促しても返却されなかったため」というものだ。『べらぼう』では、この逸話をアレンジして取り入れたことになる。
今回の放送では、政言が現れて「系図はお使いになられましたか」と言い出した。意知は「父が庭に投げ捨てて池に沈んでしまいました」と言えるわけもなく「時がくれば改めて使わせていただきたく」とごまかしている。その後、父・意次に「よきお役があればお引き立てを」と、政言に役目を与えてほしいと直談判したが、あまり取り合ってもらえなかった。
意知が殺傷事件により命を落とすのは、意次が亡くなる4年前のこと。意次は、息子の死に際して、どれだけの後悔をすることだろうか。また、蔦重はどんな思いを抱くのか。政言の凶行を止められない私たちは、ただ見守るしかないのが歯がゆいばかりである。
次回は「歌麿よ、見徳(みるがとく)は一炊夢(いっすいのゆめ)」。蔦重が絵師の北川豊章(とよあき)に会いに長屋を訪ねると、「捨吉」と名乗る男と出会う。
【参考文献】
『田沼意次 その虚実』(後藤一朗著、清水書院)
『田沼意次 御不審を蒙ること、身に覚えなし』(藤田覚著、ミネルヴァ書房)
『蔦屋重三郎』(鈴木俊幸著、平凡社新書)
『蔦屋重三郎 時代を変えた江戸の本屋』(鈴木俊幸監修、平凡社)
『探訪・蔦屋重三郎 天明文化をリードした出版人』(倉本初夫著、れんが書房新社)
【真山知幸(まやま・ともゆき)】
著述家、偉人研究家。1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年より独立。偉人や名言の研究を行い、『偉人名言迷言事典』『泣ける日本史』『天才を育てた親はどんな言葉をかけていたか?』など著作50冊以上。『ざんねんな偉人伝』『ざんねんな歴史人物』は計20万部を突破しベストセラーとなった。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義、宮崎大学公開講座などでの講師活動も行う。徳川慶喜や渋沢栄一をテーマにした連載で「東洋経済オンラインアワード2021」のニューウェーブ賞を受賞。最新刊は『偉人メシ伝』『あの偉人は、人生の壁をどう乗り越えてきたのか』『日本史の13人の怖いお母さん』『文豪が愛した文豪』『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』『賢者に学ぶ、「心が折れない」生き方』『「神回答大全」人生のピンチを乗り切る著名人の最強アンサー』など。