「往来物」に目をつけた蔦重の慧眼

 ドラマでは、耕書堂の勢いをそぐべく地本問屋たちが、彫師たちに「耕書堂と組んだら注文しない」とプレッシャーをかけるという展開になった。

 お笑いトリオのダチョウ倶楽部リーダー・肥後克広演じる腕利きの彫師・四五六(しごろく)からも、蔦重は仕事を一度は断られてしまう。ところが、「注文の有無にかかわらず毎年20両を払う」という条件を四五六に提示。お抱えの彫師にしてしまった。

 一体、なぜ耕書堂がそんな好条件を出せたのか、という点で蔦重が参入した「往来物(おうらいもの)」にスポットライトが当てられた。

「往来物」とは、寺子屋や家庭で用いられた学習書のことで、実際に蔦重が手がけた出版ジャンルの一つだ。和算を学ぶ『利得算法記』(りとくさんほうき)や女子用の『女今川艶紅梅』(おんないまがわつやこうばい)など、蔦重は多数の往来物を発刊。定期的な売り上げにつなげている。

 ドラマでは、蔦重が豪農や豪商、手習いの師匠たちに話を聞いて、「取材協力」というかたちで往来物の制作に関わらせた。そうして当事者意識を持たせることで、まとめ買いへとつなげたのである。すでに飽和状態だと見られていた往来物について、蔦重は見事に独自の販売ルートを開拓。ライバルの地本問屋たちを悔しがらせることになった。

 今後の展開として、蔦重は「狂歌ブーム」が巻き起こると、自らも狂歌人としてデビューしてまで、狂歌ネットワークの構築に尽力。浮世絵師も巻き込みながら「狂歌絵本」という新たなジャンルを開拓する。

狂歌絵本「狂月坊」の巻末に記されている作画者と蔦重の版元・耕書堂(写真:共同通信社)

 周囲を巻き込んで当事者にしてしまうことで、出版物を盛り上げる。それが、蔦重の得意技だったことを思うと、今回の放送であった往来物の売り方は、いかにも蔦重らしいやり方で、リアリティーがあった。

 今回は安永9(1780)年からの耕書堂の新刊ラッシュが取り上げられたが、蔦重が大手の版元が並ぶ日本橋へと進出するのは天明3(1783)年と、3年後のことだ。

 キーパーソンとなるのが、類いまれな画才に恵まれながら姿を消した唐丸(からまる)だ。蔦重の大きな挑戦に、唐丸がどのように絡んでくるのかは、注目ポイントの一つとなるだろう。