“大首絵”の手法で歌麿を売り出す
出版ビジネスで成功を収めた蔦重は、寛政期(1789~1801)に浮世絵界に進出。喜多川歌麿、東洲斎写楽、栄松斎長喜といった名だたる絵師たちを発掘し、彼らの魅力を最大限に生かした浮世絵を企画・出版していく。
「蔦重が企画した浮世絵の特色といえば、人物の顔をクローズアップした“大首絵”の構図。顔を大きく描くことで、歌麿は女性の個性を際立たせました。遊女のほか、茶屋の看板娘など、市井の人々もモデルに登用。あらゆる階層の女性たちの心情を描き出し、歌麿の美人大首絵シリーズは大ヒットを収めます」(松嶋)

歌麿の代表作として名高い《婦女人相十品 ポッピンを吹く娘》。当時の江戸のファッションアイテム「ポッピン」を口にした町娘が、ふいに声をかけられたことで振り返り、勢いよく袖が翻る瞬間が捉えられている。町娘の日常の一コマを描いたスナップショットといえる、明るく軽やかな一作だ。
海外でも絶大な人気を誇る写楽
一方、役者絵のジャンルでは写楽が “大首絵”の構図を用いた。東洲斎写楽はわずか10か月余りの活動期間の中で約140点もの作品を生み出し、その後忽然と姿を消した絵師。一昔前までは正体がわからず、“謎の絵師”と呼ばれたが、現在では「阿波徳島藩主・蜂須賀家お抱えの能役者、斎藤十郎兵衛で間違いない」という意見で一致している。
写楽は海外での人気が極めて高く、ドイツの著述家ユリウス・クルトは著書『写楽SHARAKU』(1910年出版)の中で、「写楽はレンブラント、ベラスケスと並ぶ世界三大肖像画家」と紹介している。蔦重の多様なビジネスの中で最高の仕事を挙げるとしたら、「写楽を世に送り出したこと」だと感じる。
展覧会のクライマックスを飾るのは、そんな写楽の作品群。重要文化財《三代目大谷鬼次の江戸兵衛》は、役者絵オブ役者絵といえるおなじみの作品。芝居の演目「恋女房染分手綱」の一場面で、悪党・江戸兵衛の殺気あふれる目つきと、ガッと開いた手のひらが印象的だ。

重要文化財《市川鰕蔵の竹村定之進》も、世界に知られる人気作。市川鰕蔵は5代目市川団十郎のことで、当時の歌舞伎界随一の名優として名を馳せていた。写楽はそんな鰕蔵の、大ぶりの体格、彫りの深い顔、堂々たる風格を生き生きと描き上げている。

写楽はなぜ世界に愛されるのか。その理由を本展企画・監修の松嶋雅人は話す。「写楽の正体は、斎藤十郎兵衛という役者。絵師であれば、出演する役者をよりかっこよく美化して描きますが、本職が役者の写楽は真の姿をありのままに表現しました。ですから、作品にリアルな迫力が宿っているのです」
蔦重が写楽の作品を刊行したのは1794年(寛政6)、45歳の時。逝去する3年前のことだ。大河ドラマがどんな展開を見せていくのか先は読めないが、写楽が登場するのはおそらく秋くらいだろう。写楽がどのように描かれるか、楽しみに待ちたい。
特別展「蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」
会期:開催中~2025年6月15日(日)※会期中、一部作品の展示替えを行います
会場:東京国立博物館 平成館
開館時間:9:30~17:00(毎週金・土曜日は〜20:00) ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日
お問い合わせ:050-5541-8600(