墓穴を掘った「ミニ・トランプ」

 首相に就任してから10年の節目を迎えることなく辞任したトルドー前首相だが、辞任表明からカーニー氏に政権を移譲するまでの2月から3月までの間、「戦時下」の国家元首として毅然とした態度を続けた。

 トランプ氏の度重なる暴挙には「ドナルド(トランプ氏)、これは愚かなことだ」(3月4日、米国によるカナダへの25%の関税発動時)と対決姿勢を鮮明にし、カナダ国民には「私たちが皆さんを、必ず守ります」(同6日)と涙ながらに演説するなど、最後までカナダの一致団結を訴え、トランプ政権に屈しない気概を見せた。

 トランプ氏の脅威もさることながら、トルドー氏の後任として、カナダや英国で中銀総裁を務めたカーニー氏が党首候補として上がったことも、自由党起死回生の要因とされる。カーニー氏が党首に選出された3月9日までに、自由党の支持率は1月に比べ10ポイント以上回復した。

与党を率いるカナダのカーニー首相(写真:ロイター/アフロ)

 カーニー氏はカナダ中銀においては2008年のリーマンショックを、英中銀総裁としては2016年のブレグジットを経験している。これら「実戦」を生き延びた「戦績」は、2025年の「トランプ有事」を切り抜けるリーダーというイメージ戦略として好都合かもしれない。

 党首として選出された勝利演説でカーニー氏は「(カナダ政府は)米国が我々に敬意を示すまで(報復)関税を維持する」(3月9日)と明言。首相就任は3月14日のことだが、その3日後、同氏はこれまでの慣例を破り、最初の外遊先に米国ではなくフランス、次いで英国と欧州を選んだ。

 フランスに関しては「信頼できる同盟国」と発言している。カナダ首相としてトランプ氏との初会談はその2週間後の28日、しかも電話での会話である。

 かたや、国がトランプ氏に対し団結すべき一大事に「カーニーはトルドーそっくりだ」などと相変わらず与党攻撃を続け、トランプ流を呪文の如く唱え続けた「ミニ・トランプ」率いる保守党は、その間支持率を下げ続けた。3月19日、ついに両党の支持率は逆転(自由党37.7%、保守党37.4%)。カーニー氏が総選挙の実施を発表したのは、この4日後のことである。

 これまで保守党の選挙運動を主導してきた人物は最近、年頭の大量リードを棒に振ってしまったポワリエーブル氏の選挙戦略に「最低の不始末だ」と憤りをあらわにしている。

 米ワシントン・ポスト紙は4月21日、この人物のポワリエーブル氏に対する評価を伝えている。いわく「トランプ風の威圧的な言動、スローガン、大規模な集会。どれもこれもトランプそのもの。しかも今、カナダでは国民がトランプを好んでいない」「(ポワリエーブル氏の政治アプローチは)まるで安っぽいカラオケ版トランプのようだ」と散々な言いようである。

 ちなみに、ポワリエーブル氏は養子であるが、養父の名前も「ドナルド」である。この時期大変、不幸な偶然と言えるかもしれない。