事件前に教団施設を捜索できなかったのはなぜか?
垣見:オウム教団がサリンに関係していることが単なる推測ではなく、オウム教団がサリンを生成して所持している可能性が高いとの判断になりました。そうであれば、オウム教団の危険性の除去を図ることが必要であり、オウム教団の拠点施設を捜索しなければならない。そのためには何をする必要があるか考え、具体的に検討して計画を立てました。
その段階で、捜査に入る理由となりそうな事案としては宮崎の事件(※)がありました。また、山梨県でオウム教団からの離脱を試みて逃走した者が、オウム教団信者に捕まって引き戻される事案がありました。この2つの事件の捜査を進め、教団施設の捜索を行おうと考えたのです。
※宮崎の事件:1994年3月に、オウム真理教の信者等が宮崎県小林市の旅館経営者を資産収奪を目的に拉致して5カ月にわたり監禁し、うち3カ月間は薬物などを投与し続けた事件。オウムの信者になっていた被害者の娘たちも事件に関与していた。
なるべく早いタイミングで教団施設の捜索に入り、サリン生成の証拠が出れば、教団の全般的な捜査ができると考え、計画を作成しました。そして、12月に庁内で具体的捜査のスケジュールを決めるための会議をしましたが、この会議では捜査や証拠がまだ不十分で、オウムの実態もよく分からないという結論に至りました。
宮崎の事件も、山梨の事件も、令状を取れるところまで捜査が進展していなかったこともあります。その結果、いつ捜索を実施するかという日程は決められませんでした。
──地下鉄サリン事件の発生する2カ月前の1月4日に、オウム真理教被害者の会の会長がVXガスで襲撃されました。その1カ月前には、大阪でVXガスによる殺人事件が発生し、中野でもVXガスによる殺人未遂事件が発生しています。松本サリン事件、土壌採取と調査、これらの多発するVXガス事件の発生など、後から見ると、この時点で既に十分な容疑が並んでいるように思えます。
垣見:おっしゃることはよく分かります。ただ、この時点では、いずれもオウム教団が関与し、VXガスを使用して事件を起こしたことが明らかになっていませんでした。
オウム真理教被害者の会の会長が襲われた事件に関しては、警察庁に「被害者が入院した病院に、被害者の容態を確認する不審な電話もあった」との情報が入り、警察庁ではオウム教団の関係する事件ではないかとの疑いを持ちました。
ただ、警視庁の捜査ではサリンが使われた形跡はなく、その時点では事件性があるとの判断には至りませんでした。病院側でも、症状から毒ガスによる攻撃だという判定ができなかったようです。
また、大阪の事件も、中野の事件も、この時点ではオウムとの関係は明らかになりませんでしたし、VXガスという化学兵器が使われたことは分からなかったのです。これらの事件が、本格的に捜査されて明らかになっていくのは翌年(95年)の12月でした。