ジェームズ・ワットのような人物が現れる余地は十分にある

 中国は米欧に遅れている科学分野はオープンにしてキャッチアップし、進んでいる先端分野では逆にデカップリング政策をとっている。英ケンブリッジ大学コンピューター科学技術学部のニール・ローレンス教授はDeepSeekショックについてこんな見方を示す。

「大企業は規模が拡大するにつれイノベーションに苦労している。多くの大企業は知的努力の代わりにコンピューティング投資を行っている。これが現在のテクノロジーが新しい思考によって急速に時代遅れになる『ドレッドノート・モーメント』の理想的な条件を作り出している」

 英海軍の戦艦ドレッドノート(1906年就役)は長距離砲命中率の飛躍的向上と高速航行で戦艦の概念を一変させ、建艦競争を引き起こした。「DeepSeekのイノベーションは比較的漸進的で、まだ『ドレッドノート・モーメント』ではない」(ローレンス教授)

「われわれは最初の実用的な蒸気機関を建造したトーマス・ニューコメン時代の真っ只中だ。世界中に産業革命を引き起こしたジェームズ・ワットのような人物が現れる余地は十分にある。しかし、そうした人物は既存の企業から現れる可能性は低いだろう」とローレンス教授はみる。

【木村正人(きむら まさと)】
在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争 「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。