キッドマンが捕らわれる若い男とのパワー・ダイナミクス

 ニコール・キッドマンは「ムーラン・ルージュ」(2001年)や「アイズ・ワイズ・シャット」(1999年)、「めぐりあう時間たち」(2002年)などのハリウッド王道作品だけでなく、「ドッグ・ヴィル」(2003年)や「聖なる鹿殺し」(2017年)などのアート系作品にも幅広く出演するアメリカを代表する女優だ。

 そのうえ、コロナ禍以降はパンデミックにより観客が大幅に減少した映画館を救うため、キッドマンの制作したコマーシャルがアメリカの最大手シネコンチェーンであるAMCに放映されるようになり、映画館の主役にもなった。

 映画館での鑑賞体験を称えるために、すべての本編開始直前に放映される1分ほどのコマーシャルの最後にキッドマンが、

「映画館で見る物語は、純粋で力強い。なぜならここでは、それが真実だから。(Story here feels perfect and powerful, because here, they are.)」

 とカメラ目線で言うのだが、この決め台詞は映画館のスクリーンを越えてインターネット・ミームになり、それを再現する動画や、いかにこのセリフで自分が救われたかを語る動画などが多く拡散された(現在は違うセリフのものも放映中)。

 このコマーシャルは当初の上映期間を延長するほどの人気を博し、キッドマンの「they are」に声を合わせる観客は日常的にいる。例えば、キッドマンの元夫、トム・クルーズの出演作品では、コマーシャル上映中に、歌舞伎の大向こうのような「ニコール!」の掛け声がいくつもかかる。

 筆者が目撃した最大の「信者」にはコマーシャル上映中に仏像のような印相のポーズをとって礼拝(瞑想?)する人もいた。

 残念ながら、「ベイビーガール」上映前にこのコマーシャルが流れることはなく(キッドマンとAMCのあいだで取り決めがあったという)、劇場には一瞬落胆の空気が覆ったものの、役者としての人気だけでなく、強い女性、行動する女性リーダーを体現するキッドマンが、若い男とのパワー・ダイナミクスに足を捕らわれていく役を演じるのに適した女優は、キッドマンをおいて他にいただろうか、と思わせる魅力がある。

AMCのコマーシャルのニコール・キッドマン(画像:A24)