サミュエルが見せる独特なエロさ

 先述したクッキー事件の数日後、レストランで開かれた会社の忘年会に遅れて到着したロミーに、ウェイターがグラスに入れられたミルクを運んでくる。注文した覚えのないロミーが辺りを見回すと、遠くで他の社員たちと談笑しつつも、サミュエルはロミーの挙動を監視している。もちろん注文したのはサミュエルだが、この悪戯好きな新人インターンが見つめるなか、負けず嫌いのロミーはミルクを飲み干す。

 その後、忘年会が終わり会計をしているロミーの背後に近づいたサミュエルが、「Good girl」と耳元で囁く。「Good girl」は父親が幼い娘に対して「よくできました」というようなときに使う言葉だが、他にも、お座りをちゃんとできた犬にも使う言葉だ。

 ここでもサミュエルは、ロミーとのパワー・ダイナミクスを楽しんでいるが、必ずしも年長女性に対してマウントを取りたい素振りもなく、あくまでゲームをゲームとして楽しんでいるようだ。本心が不在に見えるのが不気味でもあり、独特なエロさにもなっている。

 監督のラインがインタビューで語るように、本作にはロミーとサミュエルのセックス自体はほとんど描かれない。ストーリーラインの着想源になったという1980、90年代のエロティック・スリラー(「氷の微笑」「ナイン・ハーフ」など)では、パワー・ダイナミクスの変化とセックスがセットになっていたが、本作では、セックス描写のような視覚的に強い演出がなくとも、主人公ふたりのパワー・ダイナミクスの変化をどう見せるかが周到に考えられている。

 最初は正面から誰かを見下ろす人であったロミーが、次第に並んで話す関係になり、さらには共に遠くから監視される人、背後を取られる人、そして見下げられる人になっていくというように関係が視覚的に描写されていく演出が見事だ(キッドマンが画面奥を見て背中を見せるふたつのシーンは必見)。

 ロミーに共感するか、サミュエルに共感するかは観客それぞれだが、いずれにせよ、観客の欲望と結びつき大きな興奮を呼び起こす。

サミュエルが注文したグラスミルクを飲むロミー(画像:A24)