「熟議」ではなく「水面下」
政治における「熟議」の舞台は、あくまで国会だ。予算案でも各種の法案でも、与党と野党がそれぞれ法案の形で国会に提案を出し合い、質疑の中で共通点や相違点を明らかにした上で、修正協議などの形で合意形成を図るのが基本である。
合意に至らず多数決で成立を図ることもあるが、質疑の過程は全て議事録に残され、次の国政選挙で有権者が政権や政党を選ぶための判断基準となる。「熟議」とはそういうものだ。
しかし、石破政権は臨時国会に入る前、野党全体の代表である第1党の立憲民主党でも、基本政策が自民党の綱領に近い第2党の日本維新の会でもなく、第3党の国民民主党に手を伸ばした。
衆院選で議席を伸ばした勢いに乗り、与党と組んで政策を実現することで立憲との差別化を狙う同党の思惑を刺激して、いわゆる「年収103万円の壁」問題で与党の事前協議に同党を加えた。事実上の「与党」扱いとすることで同党の自尊心をくすぐり、臨時国会に入る前に2024年度補正予算案への同党の賛成を得ようとしたのである。
そんな自民党の思惑は、臨時国会が始まるとあっさり挫けた。衆院選で立憲民主党の議席が大きく増えたことを受け、衆院では立憲が、予算委員長をはじめ多くの委員長ポストを勝ち取ったからだ。野党第3党より第1党のリアルパワーの方が大きいのは当然である。
予算委員長に就任した立憲の安住淳氏の議事進行は、それまでの多くの自民党の委員長とは異なり、筆者の見る限り野党側にも厳しい公平な態度だった。だが、予算案の議事進行の権限を立憲が握る以上、石破政権は立憲から一定の理解を取り付けなければ、予算の確実な成立は見通せない。小政党の国民民主党と「握る」だけでは政治を前に進められないことを、自民党もようやく理解したのだ。
国民民主党が自民党に対するハードルを次々と上げ、まともな合意形成が難しくなったとみるや、自民党は立憲に接近した。立憲は事前協議に頼ることなく、国会での質疑の内容をテコに、補正予算案について「能登半島の復興支援費1000億円の増額」という修正を勝ち取った。政治改革でも「政策活動費の全面廃止」を自民党にのませることに成功した。
自民党史観に慣れた目には、石破政権が野党の主張を取り入れ、丁寧な国会運営を行ったようにも見えるかもしれない。実際、臨時国会が閉会した24日、石破茂首相は記者会見で「言いっ放しや聞きっ放しではない『熟議の国会』となった」と胸を張った。
だが、衆院選後の動き全体を見る限り、筆者は石破政権が積極的に「熟議」を目指していたとの見方には立たない。国民民主党に接近し、事前協議に加わる政党を増やしたのは、補正予算案の国会提出前に「水面下」の合意で成立を確約させ、国会審議の形骸化を狙ったとみる方が自然だ。結果としてそれが功を奏さず、予算案修正や法案の野党案「丸のみ」に追い込まれただけだとも言える。