交渉とは論理だとユダヤ人は学ぶ

 我々ユダヤ人は、この絵から「交渉とは論理である」と学ぶ。この2つの街に半数近い善人がいるならなぜ全員を殺されるのか、という問いはきわめて論理的で、感情の入る余地はまったくない。

 だとすると、その善人の人数を少しずつ減らしていった時に、どこに論理的な線引きができるのかという反論に、神はぐうの音も出なかったのである。

 ユダヤ人は、交渉とは論理であり理屈であり、理詰めであると教えられるのである。(続く)