天然ガスのパイプライン輸送には、ところどころにコンプレッサーステーションが欠かせない(写真はポーランド国境近くの独ブランデンブルグにある同施設、2022年3月8日撮影、写真:picture alliance/アフロ)

プロローグ/ウクライナ経由欧州向け天然ガスPLトランジット契約失効寸前

 あと2週間で、ロシア(露)の西シベリアからウクライナ経由欧州向け天然ガスパイプライン(PL)トランジット輸送契約が失効します。

 旧ソ連邦・新生ロシア連邦は、欧州諸国にとり信頼に足る天然ガス供給源でした。

 西シベリア産天然ガスは欧州経済繁栄の礎となり、供給者ソ連邦(ロシア)と欧州大手ガス需要家は50年以上の長きにわたり、共存共栄の「Win-Win」関係を享受して来ました。

 天然ガス鉱区開発と長距離幹線PL建設には膨大な費用が掛かるので、天然ガス供給契約は長期契約になります(LNG=液化天然ガスも同様)。

 現行のウクライナ経由トランジット輸送契約は2020年1月1日から2024年12月末まで5年間有効の長期契約にて、今月末にこの天然ガスPLトランジット輸送契約は失効します。

 ロシアとウクライナは交戦中ですが、トランジットPLは稼働しています。

 現在、トランジット輸送量は約40mcmd(40百万立米・日量/年換算14~15bcm)であり、このトランジット量の場合、露ガスプロムがウクライナ側に支払う年間トランジット料金は約10億ドルになります(bcm=10億立米)。

 ウクライナにとり、この10億ドルは貴重です。

 金城湯池の欧州ガス市場を失った露ガスプロムにとり、ウクライナ経由欧州向けPLガス輸出は貴重な最後の砦になります。

 今、そのトランジット輸送契約が消滅しようとしています。

 このトランジット輸送契約が失効して困るのは供給者たる露ガスプロム、トランジット国のウクライナ、およびロシア産PLガス依存度が高い欧州諸国の顧客です。

 ゆえに、ハンガリー・スロバキア・イタリア(伊)・オーストリア(墺)の大手ガス需要家は12月17日、EC(欧州共同体)に対しトランジット輸送契約延長交渉開始を要請しました。

 遅きに失した感もありますが、これは当然の動きと言えましょう。

 旧ソ連邦の時代も現在の新生ロシア連邦の時代も、国の根幹を支える大黒柱は石油(原油と石油製品)と天然ガスです。

 ロシア経済は油価(ウラル原油)に依存しており、油価が上がれば国の経済は栄え、油価が下落すれば経済は停滞します。

 ソ連邦は1991年12月25日に崩壊(法的消滅は翌26日)。ソ連邦崩壊の底流は長期間にわたる油価低迷でした。

 ここで注目すべきは、一国が混乱して崩壊したその時でも、西シベリアから欧州向け天然ガスPLは稼働していたことです。

 しかし、これは当然とも言えましょう。ロシアは外貨が必要であり、主要外貨獲得源が欧州向け天然ガスPL輸出でした。

 一方、欧州大手ガス需要家と消費者は安いロシア産ガスが必要でした。

 ゆえにトランジット輸送契約延長は「三方、良し」、契約失効は「三方、損」になるので、3者が採るべき選択肢は自ずと見えてきます。

 本稿では、このロシアからウクライナ経由欧州向け天然ガスPL輸出の歴史と現況を概観したいと思います。