第6部 ロシアからウクライナ経由欧州向け天然ガスPLトランジット輸送契約概観

 本稿では、ウクライナ経由欧州向け天然ガスPLトランジット輸送契約を概観します。

 ロシアからウクライナ経由欧州向け天然ガスPLトランジット輸送契約は過去50年間の長きにわたり、(事故や定期修理以外)一度も意図的に停止されたことはありません。

 ソ連邦が崩壊した1991年末でも、新生ロシア連邦の西シベリアから新生ウクライナ共和国経由欧州向けには、淡々と契約通りの天然ガスが輸出されていました。

 これは、アラブの春で北アフリカから南欧向けPLガス輸出が停止したことを想起すれば、ロシアがいかに信頼に足る天然ガス供給源であったかご理解いただけると思います。

 しかし、これは当然です。

 天然ガス輸出はロシア財政の大黒柱ですから、天然ガスPL輸出=ロシアの国益でした。

 では、直近の2つのトランジット契約を概観します。

11年間有効の長期契約 (2009年1月~2019年12月末)

 ロシアからウクライナ経由欧州向け天然ガスPLトランジット輸送契約は2009年1月、露V.プーチン首相とウクライナのYu.ティモシェンコ首相(共に当時)臨席のもと、露ガスプロムとナフトガス・ウクライナ間にて調印。

 契約は2009年1月1日から2019年12月末まで11年間有効の長期契約でした。

 参考までに、2019年12月末に失効した長期契約の内容は以下の通りです(bcm=10億立米)。

供給量 :① 露からウクライナ向け天然ガス輸出量年間52bcm。
     ② 露からウクライナ経由欧州向け天然ガストランジット輸送量年間110bcm。

両契約とも“Take or Pay” 条項(「受け取れ、さもなくばカネ払え」)付帯。

5年間有効の長期契約 (2020年1月~24年12月末)

 上記11年間有効の長契失効直前の2019年12月19日、露・ウクライナ・EUは基本合意に達し、12月30日に正式調印され、トランジット輸送契約は5年間延長されました。

 輸出者ガスプロム・トランジット国ウクライナ・輸入者EU大手ガス需要家3者にとり契約延長は「Win-Win-Win」の関係になるので、元の鞘に納まることは当然の帰結。

 3者間で2019年12月30日に調印された契約概要は下記の通りです。

契約総量:225bcm。(内訳)2020年65bcm、以後21~24年まで各40bcmトランジット輸送
トランジット輸送タリフ:$2.66/千立米/100キロメートル。“ship or pay” 条項付帯

(参考:“ship or pay” 条項「輸送せよ、さもなくばカネ払え」はトランジット輸送国に有利)

 露側にとりウクライナ経由欧州向け天然ガスPLは必要不可欠な輸送インフラゆえ、露側は大幅譲歩を余儀なくされた次第。

 一方、ウクライナはクリミア問題もあり、2015年11月よりロシア産PLガス輸入を停止。

 この結果、2019年末に調印された契約はトランジット輸送契約のみとなりました。

 このトランジット輸送契約に関しては、もう一つニュアンスがあります。

 実は天然ガスを輸送するウクライナにとり、タリフ徴収以外、このトランジット輸送は必要不可欠なのです。

 気体としての天然ガスを輸送するためにはCS(コンプレッサーステーション)が必要です。

 ウクライナ国内では従来、天然ガスを年間約20bcm生産していました(現在は不明)。

 この国産天然ガスは国内PL網で国内に供給されていますが、トランジット輸送用天然ガスがなくなるとPL内部の送圧が下がり、国内供給用PLガスが輸送困難になることが懸念されています。

 このような(隠れた)問題があるので、ウクライナ側も本音ではトランジット輸送契約延長を望んでいるはずです。