「耳の文化」と「目の文化」

 社会文化のあり方を考えるうえで、「耳の文化=聴覚偏重型の社会」と「目の文化=視覚偏重型の社会」に分類して考えるのは有効である。もちろんこの2つは、はっきりと分けられるものではない。どちらにウェイトがあるか(偏重しているか)という意味で、韓国はどちらかというと聴覚偏重型だと指摘しておきたい。

 人間の文化はもともと聴覚偏重型で、紙や印刷技術の発展・普及に伴って視覚文化が発達した。こうして視覚偏重型の社会文化が花開き、書かれたものの論理(ロジック)が重視されて、いわゆる近代化が進んだのが西欧社会だ。

 他方、聴覚偏重型の社会では、古くは巫女をはじめとする神秘的存在が重視される傾向がある。現代では、他者が発する言葉を乗せた声が重要で、共感力が強い声ほど社会を大きく揺るがす。それが今の韓国であろう。

 このように書くと聴覚偏重型の社会は発展が遅れていると指摘しているように聞こえるかもしれないが、決してそうではない。このあたりの文化論を詳しく知りたい方は記事最後に挙げた書籍をご覧いただきたいが、現代の韓国には聴覚偏重型の社会の要素がいまも色濃く残っているからこそ、シャーマンやYouTuberといった「刺激の強い声」に大きな影響を受けやすいといえる。

 目下、韓国では尹大統領に2度目の弾劾訴求案が14日夕方に実施される見込みという(13日時点)。尹大統領の退陣を迫るデモに多くの市民が参加している状況は、日本ではおそらく考えられないことだろう。だが、それも「耳の文化」の韓国ならではだ。デモに参加する人々は、自分たちの「声」がすくい上げられると信じている。

 果たして、こうした市民の声が結実し、弾劾訴求案は成立するのだろうか。それとも、シャーマンの神通力が尹大統領を守り、YouTuberの言葉通り不正選挙が暴かれるようなことがあるのだろうか。いずれにしても、いまの韓国は怪しさ満載だ。

※耳の文化、目の文化に関しての詳細は、以下の書籍を参考されたい。
・小倉紀蔵編『現代韓国を学ぶ』(有斐閣)
・マーシャル・マクルーハン『グーテンベルクの銀河系』(みすず書房)
・グスタフ・ルネ・ホッケ『迷宮としての世界』(岩波文庫)
・진중권(陳重権)『이미지 인문학』(천년의상상)

平井 敏晴(ひらい・としはる)
1969年、栃木県足利市生まれ。金沢大学理学部卒業後、東京都立大学大学院でドイツ文学を研究し、韓国に渡る。専門は、日韓を中心とする東アジアの文化精神史。漢陽女子大学助教授。