3.第1次トランプ政権・米朝首脳会談の概要

 本項は、参議院外交防衛委員会調査室寺林裕介氏著「米国トランプ政権下における北朝鮮の非核化交渉プロセス」(2022年11月)を参考にしている。

(1)米朝首脳会談に至る経緯

 金正恩委員長は、2018年1月の「新年の辞」演説で「国家核武力完成」を宣言し、「米本土全域が核打撃の射程圏内にあり、核のボタンが私の事務室の机の上に常に置かれている」と言及した。

 その一方で、平昌(ピョンチャン)オリンピックの開催を契機とした南北関係の進展を示唆した。

 これを機として韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、トランプ大統領との電話会談において米韓合同軍事演習を延期することで合意し、1月9日、板門店における南北高官級会談の開催につなげた。

 オリンピック開催を機に訪韓した北朝鮮代表団は、2月10日、文在寅大統領と会談し、金正恩委員長の特使として実妹・金与正(キム・ヨジョン)氏が親書を手交し、平壌(ピョンヤン)における南北首脳会談に向けた金正恩委員長の意思を口頭で伝達した。

 これに対し、文在寅大統領は条件を整えて成功させたいとの意向と、米朝間の早期の対話の必要性を表明した。

 この間、米国ではトランプ大統領が一般教書演説(2018年1月30日)で「最大限の圧力をかける」ことを宣言した。

 また、米国と日本は、北朝鮮が非核化に向けた真摯な意思と具体的な行動を示さない限り、意味のある対話は期待できないとの認識を共有し(安倍総理とマイク・ペンス副大統領の会談(2月7日))、北朝鮮が具体的な行動を取るまで最大限の圧力をかけていく立場を確認していた(安倍総理とトランプ大統領の電話会談(3月9日))。

 2018年3月1日、文在寅大統領はトランプ大統領との電話会談で、北朝鮮に特使を派遣する計画を伝えた。

 文在寅大統領の特使として鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安全保障室長などの代表団が訪朝(3月5~6日)した後、同室長は訪米し、トランプ大統領にその訪朝の結果を報告した。

 3月8日、トランプ大統領が「5月までに金正恩氏と会う」と述べたことが報じられると、米朝首脳会談の実現が現実味を持ち始めて注目された。

 北朝鮮では、4月20日に朝鮮労働党中央委員会が開催され、金正恩委員長が新たな戦略的路線について報告し、核武力建設の完成と並進路線の勝利を宣言して核の兵器化を実現したことを表明するとともに、核実験とICBM発射の中止、核兵器の不使用と不拡散を宣言した。

 その後、南北間において、4月27日に首脳会談が開催され、南北両首脳は「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言文」(以下「板門店宣言文」という)に署名した。

 板門店宣言文には、南北が完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標が確認された。

 これに続き米朝間でも、5月9日にティラーソン国務長官の後任のマイク・ポンペオ国務長官が訪朝し、金正恩委員長と会談した。

 この会談では、首脳会談開催のための実務的問題について掘り下げて議論された。

 米朝間については、北朝鮮が拘束米国人3人を解放し(5月9日)、また、核実験場(豊渓里)を爆破する(5月24日)ことを通じ、両国間の信頼醸成が図られた。

 他方、北朝鮮側から相次いで消極的な談話が発せられると、トランプ大統領が一度、会談の中止を通告するなどの動きもあった。

 こうした状況下で、5月26日、再び南北首脳会談が板門店「統一閣」(北朝鮮側)で開催され、この会談で金正恩委員長は、板門店宣言文に続き、改めて朝鮮半島の完全な非核化の意志を明らかにした。

 米国は、ソン・キム駐フィリピン大使、アリソン・フッカー国家安全保障会議(NSC)朝鮮部長及びランドール・シュライバー国務次官補による実務代表団を板門店に派遣し、北朝鮮側と協議を行った。

 また、シンガポールでも首脳会談に向けた準備が行われ、ニューヨークでは訪米した金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長とポンペオ国務長官が会談(5月30日、31日)するなど、板門店、シンガポール、ニューヨークの3か所で同時に準備会合が開催された。