(2)周辺国の核・弾道ミサイルの脅威に対する日本の対応
本項では、中国・ロシア・北朝鮮の核・弾道ミサイルの脅威に対する日本の対応について筆者の個人的意見を述べる。
▲抑止力としての反撃能力の保有
2022年12月に策定された新たな国家防衛戦略において、北朝鮮の核・弾道ミサイル開発等は、地域と国際社会の平和と安全を著しく損なっている。
こうした軍事動向は、我が国の安全保障にとって従前より差し迫った脅威となっていると表現し、我が国への侵攻を抑止するため、防衛省は2024年1月18日、米国製巡航ミサイル「トマホーク」の購入契約を米政府と締結した。
契約額は約2540億円で、最大400発が2025年度から27年度にかけて順次納入される。
▲核シェルターの普及・整備
本項は、2019年12月の山東昭子参議院議長(当時)の「核シェルターの普及状況に関する質問主意書」を参考にしている。
NPO法人「日本核シェルター協会」が2014年に発表した資料によれば、各国の人口あたりの核シェルター普及率は、スイス、イスラエルが100%、ノルウェーが98%、米国が82%、ロシアが78%、英国が67%であるのに対して、日本は0.02%とされる。
世界各国では、核ミサイルの脅威への備えの重要性を認識し、いざという時の避難場所として、核シェルターの整備を政府主導で進めている。
我が国は唯一の被爆国であり、周囲を中国、ロシア、北朝鮮などの核保有国に囲まれているにもかかわらず、核シェルターの普及が全く進んでおらず、政府内の議論すら行われていない。
緊迫する北東アジア情勢に鑑みれば、有事には、どのような方策があれば国民を安全かつ確実に守れるか、政府・国民ともに真剣な議論を進めるべきである。
▲非核三原則の見直し
外国の軍隊による我が国領域内への核兵器の持ち込みは、憲法上禁止されていないが、「持ち込ませず」との非核三原則により、すべて認めないとしている。
しかし、米軍による核兵器の持ち込み疑惑がたびたび報じられ、その都度、政府は米国が核を持ち込む場合(寄港・領海通過を含む)には事前協議を行うこととなっており、事前協議がない以上、核の持ち込みはないとの答弁を繰り返している 。
他方、米国は核兵器の存在について「肯定も否定もしない政策」(NCND:Neither confirm nor deny)をとっていることもあり、持ち込みに関する日本国民の不信感は未だ払拭されていない。
また、ラロック証言(注3)やライシャワー発言(注4)など、米軍による核持ち込みについて日米間に密約が存在することを示唆する発言等が多々ある。
筆者は、有名無実となった非核三原則の「持ち込ませず」を廃止すべきであると考える。
(注3)1974年9月10日、米両院原子力合同委員会の軍事利用小委員会において、ジーン・ラロック退役海軍少将が、核兵器が搭載可能な米軍の空母、フリゲート艦、駆逐艦等には経験上、核を搭載しており、日本などに寄港する際に、核兵器を降ろすことはしない旨の証言を行った。
(注4)1981年5月 17 日、エドウィン・O・ライシャワー元駐日大使が新聞社のインタビューの中で、
①核の「持ち込み」(introduction)とは、日本の領土内に核兵器を陸揚げし、あるいは貯蔵することを指している、
②核搭載艦船(戦略ミサイル搭載原子力潜水艦を除く)の寄港は「持ち込み」に当たらない等の発言を行った。
▲核共有(ニュークリア・シェアリング)の議論
安倍元総理は2022年3月3日の派閥の会合で、米国の核兵器を同盟国で共有して運用する「核共有」について、NATO(北大西洋条約機構)に加盟している複数の国で実施されているとして「ウクライナがNATOに入ることができていれば、ロシアによる侵攻はおそらくなかっただろう」と指摘した。
そのうえで「我が国は米国の核の傘のもとにあるが、いざという時の手順は議論されていない。非核三原則を基本的な方針とした歴史の重さを十分かみしめながら、国民や日本の独立をどう守り抜いていくのか現実を直視しながら議論していかなければならない」と強調した。
国際政治学者の岩間陽子氏は「NATO型の核共有」について次のように定義している。
「米国が核兵器を同盟国領内に保管し、当該同盟国は、戦時になればその核兵器を運用する予定の運搬手段を保有しており、戦時になってNATOでその核兵器を使用する決断が下されれば、米国が核兵器を同盟国に供給し、同盟国がその核兵器を自国の運搬手段に載せて使用する制度」
さて、「核共有」は拡大抑止の枠組みを一歩も超えるものではない。
たとえ核兵器が同盟国内に配備・保管されていても、平時の管理は一貫して米国が担う。
有事の際には同盟国に供給されるが、その使用に当たっては米国と同盟国が「二重鍵」方式で行う。
つまり米国は核使用に拒否権を有しており、米国が使用を許可しない限り、同盟国が使用を求めても使用することはできない。
▲核武装のオプションと原子力政策
韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は2023年1月11日の国防部の年頭業務報告で、北朝鮮の挑発の水準が高まれば「大韓民国が戦術核を配備したり、独自の核を保有したりすることもありうる」と語った。
日本では、ロシア、中国、北朝鮮の核の脅威に対する反応が韓国とは異なる。日本では核武装せよという声は上がらない。
国民は米国の拡大抑止をそれほど信頼しているのであろうか。あるいは、いわゆる核アレルギーが核の脅威に対する感覚を鈍感にしているのであろうか。
さて、核兵器保有は憲法違反でないとする2人の首相の国会答弁がある。
1957年5月7日、岸信介首相が参議院予算委員会で、「核兵器とつけばすべて憲法違反だということは、私は憲法の解釈論としては正しくない」と答弁(出典:国会会議録検索システム 第26回国会 参議院 予算委員会 第24号 昭和32年5月7日)した。
1973年3月17日、田中角栄首相は参議院予算委員会で、「自衛の正当な目的を達成する限度内の核兵器であれば、これを保有することが憲法に反するものではない」と答弁(出典:国会会議録検索システム 第71回国会 参議院 予算委員会 第5号 昭和48年3月17日)している。
日本の安全保障政策は、「米国の核抑止力への依存」が前提となっている。すなわち日米安全保障条約が存続し得る限り、日本は核武装しないということである。
しかし、何事にも終わりが来る。
将来、米国側から日米安全保障条約を終了させる意思を通告されるかもしれない。
その場合には、この条約は、通告が行われた後1年で終了する。
日米安全保障条約終了後の防衛形態は、単独防衛、米国以外の新しい国との同盟、非武装中立などが考えられる。
どの防衛形態になるかはその時の日本を取り巻く安全保障環境次第であろう。
特に単独防衛の場合を想定して核武装をオプションの一つとして残しておきたい。
そのためには、将来も潜在的核兵器製造能力(技術者も含む)の重要な要素の一つである原発が稼働されていることが必須である。
従って、安全保障上の観点から言えば、将来の潜在的核兵器製造能力を確保・維持することを念頭に入れた原子力政策が不可欠であると筆者は考える。