2024年1月8日、第102回全国高校サッカー選手権、青森山田が4度目の優勝 写真/長田洋平/アフロスポーツ

(歴史ライター:西股 総生)

「高校サッカー」に対する批判的な意見

「♪ふり向くなよ、ふり向くなよ~」の主題歌でおなじみの全国高校サッカー選手権大会第103回大会が、今年も開催される(12月28日~1月13日)。都道府県大会を勝ち抜いてきたチームが、日本一をかけて熱い戦いを繰りひろげるのである。

 この高校サッカーに対して昨今、サッカー界やサッカージャーナリズムの一部から批判的な意見が出されている。スポーツの世界では、高校生世代はプロの一歩手前であり、すぐれた選手を育成するためには重要な時期である。サッカーの先進国では、そうした世代の育成を担うのはクラブチームの下部組織であって、部活式の高校サッカーは日本サッカーのガラパゴス化を招きかねない、というのである。

 批判派の主な論点は、おおむね次のように要約できるだろう。

①高校サッカーは、年間を通して戦うリーグ戦ではなく、全国選手権や高校総体といった勝ち抜き式のトーナメント戦が中心であるため、勝利至上主義に陥りやすい。

②トーナメント戦を前提とした勝利至上主義ゆえに、選手の能力を向上させることよりも、とにかく勝つための戦術(たとえばロングスローのような)が横行しがちとなる。

③強豪校のサッカー部は大所帯となるため、3年間で一度も公式試合に出られない選手が大量に生じてしまう。

 なるほど、一見するとごもっともな意見にも思えるが、よく考えると疑問も湧く。

 まず①について。全国選手権や高校総体といった目をひく大会は、たしかにトーナメント戦だ。しかし、高校生世代にはカテゴリー別のリーグ戦もあって、とくに上位カテゴリーであるプレミアリーグやプリンスリーグでは、高校の強豪とJクラブユースの強豪とが、毎週のように鎬を削っている。だとしたら少なくとも、トーナメント戦中心だから勝利至上主義で出場できない選手が増える、という批判は当たらないことになる。

 次②については、確かに高校サッカーではロングスローのような特定の戦法が大会を席捲する傾向はある。しかし一方で、明らかにチームカラーが存在しているのも事実だ。伝統的に足元の技術を重視したパスサッカー指向のチーム、フィジカルを重視して縦に速い仕掛けを指向するチーム、といった具合で、その点はクラブチームと変わらない。

 それに、ロングスローのような戦法にしても相手は当然、対抗策を考えるようになるわけで、そうした中でトーナメント戦とリーグ戦とを組み合わせて戦っているのが実際だ。だとしたら、全体としては様々な戦術が切磋琢磨されていることになるのではないか。

 ③の強豪校のサッカー部が大所帯となるため試合に出られない選手が多い、という指摘については、事実としては確かにその通りだ。ただし、生徒たちは試合に出られないかもしれないことを覚悟の上で、強豪校をあえて選択しているのである。一度も試合に出られなかった部活の3年間が無駄であったかどうかは、本人次第ではなかろうか。

「プロの選手を育成する」という観点だけから考えるなら、一度も試合に出られない3年間は徒労かもしれない。けれども、プロになることだけが、彼らがボールを蹴る目的なのだろうか。プロ選手を養成することを明確に目標としているクラブユースに対して、部活としての高校サッカーが存在する意義も、本来はそこにあるはずではないか。