(2)トランプ政権の「最大限の圧力」政策
2017年1月20日に就任したトランプ大統領は、最初の国防政策表明(“Making our Military Strong Again”)で北朝鮮を名指しして、「イランや北朝鮮のような国家のミサイル攻撃から守るための先端的なミサイル防衛システムを構築する」決意を明らかにした。
また、2月2日に韓国を訪問したジェームス・マティス米国防長官は、在韓米軍基地への終末高高度防衛ミサイル(THAAD)の配備についても「北朝鮮以外にTHAADについて心配する国はない」と述べて、中国の反対を牽制した。
これらはいずれも、前年から継続する北朝鮮の軍事挑発に対する新政権の注意深い対応であった。
2017年2月12日の「北極星 2」の発射による挑発を受けてから、トランプ大統領はそれを「最大の切迫した脅威」と認識し、国家安全保障会議(NSC)に北朝鮮政策の全面的な再検討を指示した。
3月17日に韓国を訪問したテックス・ティラーソン米国務長官は、オバマ政権の「戦略的忍耐の政策は終わった」と表明し、軍事的対応を排除しない方針を表明した。
トランプ大統領自身は、4月6日の安倍晋三首相との電話会談で「すべての選択肢がテーブルの上にある」と言明した。
しかし、トランプ政権の北朝鮮政策の特徴や骨格が定まったのは、4月 6・7日に開催されたトランプ大統領と習近平主席の米中首脳会談を通してのことであろう。
その第1の特徴は、オバマ政権の「戦略的忍耐」の政策に終止符を打ち、「すべての選択肢がテーブルの上にある」と主張し、「最大限の圧力」を加えつつ、北朝鮮の核兵器・弾道ミサイル問題を早期に解決する方針を明示したことである。
事実、米中首脳会談の初日に、米国はシリアの軍事施設を電撃的にミサイル攻撃して中国側を驚かせた。
北朝鮮に対する単独の武力攻撃の可能性を示唆して、中国に心理的な圧力を加えたのであろう。
それとともに、北朝鮮の最大の貿易パートナーである中国の協力を得て、経済制裁の効果を高めることが、トランプ政権の北朝鮮政策の第2の特徴になった。
トランプ氏は習近平国家主席に北朝鮮に対する経済制裁を完全に履行するように要求し、それを米中通商交渉と結びつけたのである。
トランプ氏は「中国の協力が得られなければ、米国は単独で行動する」と迫ったとされる。
北朝鮮の軍事挑発が拡大するなか、5月19日の記者会見で、マティス国防長官は「もし軍事解決ということになれば、信じがたい規模の悲劇になるだろう」と指摘し、「我々の努力は、国連、中国、日本、そして韓国と共に行動し、この状況から抜け出す方法を見つけ出すことである」と指摘した。
しかし、その後の8月8日の北朝鮮人民軍によるグアム島周辺の「包囲射撃」声明に対して、トランプ大統領はただちに「北朝鮮はこれ以上米国に対して脅しをかけるべきではない。これまで世界が見たこともない炎と怒りとに見舞われることになる」と警告した。
9月19日の国連総会では「米国と同盟国を守らなければならないとき、北朝鮮を完全に破壊するしか選択肢はない」と力説した。
ただし、奇妙なことに、トランプ氏は金正恩氏との対話の可能性を排除しなかった。
2017年5月1日に「適切な状況下であれば、(金正恩と)会談するだろう。会談は光栄なことだ。ニュース速報になるだろう」(ブルームバーグ)と語ったし、同年11月12日にも、米空母3隻が日本海に展開するなかで、「彼(金正恩)と友人になるように努力する。いつの日か実現するかもしれない。人生では奇妙なことが起きるものだ」とツイートした。
そして、それは2018年6月12日のシンガポールでの史上初の米朝首脳会談に繋がった。3度にわたる第1次トランプ政権における米朝首脳会談の概要は次項で述べる。
(3)バイデン政権の北朝鮮政策
ここで、第1次トランプ政権を引き継いだバイデン政権の北朝鮮政策について簡単に触れておく。
2021年1月20日、ジョー・バイデン氏が大統領に就任した。
バイデン政権は2021年4月末、北朝鮮政策の見直しを終えた時点で「調整された現実的アプローチ」(calibrated practical approach)を掲げた。
これは、トランプ政権で米朝両首脳が署名した共同声明を引き継ぎ、対話の窓は開けておく、という継続の要素を含む。
ただし、トランプ前政権のような首脳同士の交渉による一括妥結方式はとらない、という点で前政権との違いを明確にした。
このバイデン政権の基本姿勢を理解した上で、北朝鮮が応じるのであれば、対話を継続するという方針であった。
結局、バイデン政権は北朝鮮政策の非核化については目に見える成果を残していない。