鉄道会社がホームドアの設置に尻込みする理由
ホームドアは戦前期から導入を提唱する技術者がいたものの、なかなか整備は進みにくい。一番の理由は整備費で、その額はホームの構造や機器の種類、設置台数によってもバラつきがあるものの、一間口あたり2000万~6000万円というのが相場になっている。
しかも、狭いホームに設置する場合は乗降客の支障になるので、ホームは拡幅などの大規模な工事を伴い、当然工費も高くなる。その場合、列車が運行していない夜間・早朝帯を中心に工事が実施されることから、1駅当たり約2年と工期も通常より長くなると言われている。これも鉄道会社がホームドアの設置を尻込みする理由になっている。
さらに鉄道事業者を悩ませるのが、ホームの耐荷重だ。ホームドアは列車通過時の振動や風圧にも耐えられるよう十分な水平荷重が求められるが、そうした性能を向上させればホームドアそのものが重くなり、今度は上から下へとかかる鉛直荷重が問題になる。
近年は軽量化・コンパクト化したホームドアも開発されているので、整備に伴うホームそのものの改良は少なくなってきているが、それでもホームドアの設置は単に機器を取り付けるだけの簡単な仕事ではない。
また、ホームドアの設置はホームの改良工事だけでは完結しない。鉄道車両の扉の位置を調整する必要も出てくる。東京メトロは千代田線が常磐線と小田急線、東西線が中央線と総武線といった具合に他社との複雑な相互乗り入れを実施している。
各社で鉄道車両の構造は異なり、乗降扉の位置やサイズも違う。ホームドアの設置には、相互乗り入れ先の鉄道会社と車両規格を統一しなければならないのだ。しかし、各社の事情は異なり、現行車両の規格を簡単に統一できないため、互いの主張がぶつかり合うことも予想される。
なによりホームドアを設置したからといって、鉄道会社は増収増益になるわけではない。むしろ設置費用という初期コストのほか、メンテナンスなどランニングコストの発生も大きい。
2020年からの新型コロナウイルスの感染拡大によって、鉄道会社は大幅な減収減益となった。昨今は利用者が戻って売り上げも回復しているが、まだコロナ禍の赤字を穴埋めできるほどには至っていない。しかも、今後は人口減少という苦難が待ち受けている。それにも備えなければならない。
そうした経営的な事情も考慮されて、鉄道事業者に任せるのではなく小池都知事(官)が旗を振る形で都内の駅でホームドアの設置促進が呼びかけられた。
だが、都内全駅にホームドアを整備することになったら、とても東京メトロ株の売却益だけで整備費用を賄うことはできない。東京都は補助金という形で鉄道各社に工面することになるだろうが、それが果たしてどこまで促進効果を得られるのかも未知数だ。