イランが核兵器を保有するのを阻止する最後の好機

 その理由としてFT紙は第一に、イスラエルからイランの主要な核施設までは1600キロメートル以上の距離があり、イスラエル空軍の攻撃機が到達するにはサウジアラビア、ヨルダン、イラク、シリア、場合によってはトルコの領空を横断しなければならないことを挙げる。

 第二に攻撃目標へと往復するには空中給油を駆使してもギリギリだ。第三にイランの主要核施設は厳重な防空システム下にある。これにはイスラエル空軍の戦闘機340機のうちほぼ3分の1に相当する約100機の攻撃部隊が必要だ。しかも濃縮プラントは地下深くに設置されており、破壊するには米軍のバンカーバスター(地中貫通弾)が必要だ。

 大西洋協議会スクロフト戦略安全保障センターのマシュー・クローニヒ副会長は米外交雑誌フォーリン・ポリシー(10月3日付)に「バイデン大統領は考え直すべきだ。テヘランが核兵器を保有するのを阻止する最後の好機となるかもしれない」と指摘している。

「米国と同盟国はイランの核兵器製造を阻止する明確な戦略を持っていない。イランが高度な核開発プログラムを兵器化する最終段階に踏み込まないことを期待するだけのようだ。これではイランが核保有国となるのをただ見守ることになる」という。

7月25日、訪米してバイデン大統領と会談したネタニヤフ首相(写真:AP/アフロ)
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 米大統領選を間近に控え、バイデン大統領は中東情勢のエスカレーションを望んでいない。しかしウクライナ戦争でイランは核保有国ロシア、北朝鮮、中国との連携を強める。安全保障のパラダイムは完全にシフトした。2010年にイランの遠心分離機を使えなくしたマルウェア「スタックスネット」によるサイバー攻撃のような遅延作戦ではもはや十分ではないとイスラエルは考えている。

 果たして米大統領選のジンクスになっている「オクトーバー・サプライズ」は起きるのか。強硬論が強まる中でネタニヤフ首相がどんな決断を下すのか、レームダック(死に体)化したバイデン大統領はネタニヤフ首相を制御できるのか、予断を許さない。

【木村正人(きむら まさと)】
在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争 「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。