AIが科学者を置き換える現実が到来した

 たとえば、AIサイエンティストの力を借りて、多数の研究アイデアを同時並行で追究することが可能になるため、人間の研究者がより有望なアイデアに集中できるようになるかもしれない。

 その一方で、AIサイエンティストが科学の進歩を妨げる恐れがあると主張する専門家もいる。

 たとえば、短期的な懸念として、低品質な論文が粗製乱造され、学会誌に次々と掲載されるようになることで、人間による本当の評価が追い付かなくなるのではという指摘がある。同様の現象は、既に生成AIが広く利用されている分野で発生しており、研究界も例外ではなくなるだろう。

 またAIサイエンティストに限らず、あらゆるAIは、過去に生み出されたデータに基づいて学習している。そのためAIサイエンティストに依存してしまうと、過去から逸脱するような研究、いわゆる「パラダイムシフト」をもたらすような研究が少なくなるのではないかというのだ。

 さらにAIサイエンティストはその性質上、明確な目標と測定可能な結果を持つタスクに優れている。そうした定量化可能なタスクへの偏重は、定量的な評価方法を適用できない、より人間による定性的な探索が必要とされる研究分野から、研究者を遠ざける恐れがあるとの指摘もなされている。

 Sakana AIの開発者たちもこうした懸念を認識しており、「AIが科学的思考プロセスを自動で実行する」というテクノロジーが倫理的にどのような影響を及ぼすのか、慎重に検討する必要性があると強調している。

 AIが科学者を置き換えるという、SF的な夢が現実のものとなったいま、それが正しく利用されるためにはどのようなルールが必要なのかという点について、これから十分に議論されることになるだろう。

 とはいえ、ルールの整備には時間がかかる。人間の議論が白熱する一方で、その収束を待たずに、テクノロジーの方がさらに先を行くという事態も稀ではない。AIが研究の世界すらリードするようになった時代に、それをどう制御していくのか、待ったなしの対応が求められている。

【小林 啓倫】
経営コンサルタント。1973年東京都生まれ。獨協大学卒、筑波大学大学院修士課程修了。
システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業、大手メーカー等で先端テクノロジーを活用した事業開発に取り組む。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』『ドローン・ビジネスの衝撃』『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(草思社)、『データ・アナリティクス3.0』(日経BP)、『情報セキュリティの敗北史』(白揚社)など多数。先端テクノロジーのビジネス活用に関するセミナーも多数手がける。
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