ChatGPTをはじめとした生成AIの登場によって、ボットネットによる陰謀論の拡散が深刻な問題になっている。この問題に対処するため、陰謀論に反論する反論チャットボットの研究も進みつつある。この反論チャットボット、陰謀論を信じている人にどこまで効果的なのだろうか。(小林 啓倫:経営コンサルタント)
陰謀論を拡散するチャットボット
「ハバナ症候群」という奇病がある。これは主に、世界各地に駐在している米国の外交官が発症を報告しているもので(この病名も、キューバの首都ハバナの外交官が最初に症状を訴えたことに由来している)、頭痛や嘔吐といった症状が出ることが確認されている。
2023年に米国政府の機関が「敵対的な外国勢力によるものである可能性は非常に低い」との見解を発表している一方で、この病気がロシア軍参謀本部情報総局(GRU)の工作員が確認された場所で多発しており、何らかの「音響兵器」が使用されているのではないかとの調査結果も出ている。
◎ハバナ症候群、敵対外国勢力による可能性は「非常に低い」 米情報当局が報告(BBC)
◎ハバナ症候群、背後にロシア軍か 「音響兵器」と指摘―調査報道(時事ドットコム)
このようにハバナ症候群については、まだ原因の特定にまでは至っていないのだが、ロシアの独立系メディアであるThe Insiderは、ロシアのボットネットが「ハバナ症候群など存在せず、欧米のでっち上げだ」とする陰謀論を拡散していると報じている。
それによれば、「ドッペルゲンガー」と呼ばれるロシアのボットネット(多数の自律型プログラムで構成される一団を指し、主にネット上でのプロパガンダ活動を大規模に展開するために使用される)がこうした主張を大量にネット上に投稿しており、中には「ロシアが関与した可能性がある」とする調査結果を、ドイツ人ブロガーが否定する動画も含まれているそうだ。
◎Kremlin botnet launches wave of disinformation claiming Havana Syndrome doesn't exist(The Insider)
陰謀論の拡散に自律型プログラムが使われるという可能性については、他にも多くの事例が存在しており、特に最近のAI技術の進化によって、その可能性はさらに高まっていると言われる。本連載でも、AI技術の進化が機械の説得力を増すという現象について何度か取り上げている。中には「生成AIは噓をついた時ほど説得力が増す」という研究結果もあるほどだ。
◎プロンプトに対するClaude回答が全くのデタラメ……「嘘」をつくときほど説得力を増す生成AIの厄介な能力(JBpress)
旧ドイツ軍は1939年にポーランドを侵攻した際、航空機からビラを大量に撒くことで、プロパガンダ活動を展開した。現代のプロパガンダにおいてこのビラに相当するのは、AIを駆使したチャットボットと言えるだろう。
ただ、ビラの配布によるプロパガンダ活動はその後他国にも真似され、米国や日本など多くの国々が行っている。最近でもベトナム戦争において、南北ベトナム勢力の双方がビラ配布を行っていたことが確認されている。
AIチャットボットが現代版のプロパガンダ用ビラだとすれば、いずれ陰謀論に対抗するチャットボットも登場するのだろうか。