(英フィナンシャル・タイムズ紙 2024年9月13日付)

数多くの起業家を生み出し続けているスタンフォード大学(Toshiharu WatanabeによるPixabayからの画像)

 シリコンバレーは、事業の破綻を成功の幼稚園ととらえて祝福するのを好む。スタートアップ企業の世界では破綻が日常茶飯事であることを踏まえると、これは良いことだ。

 景気が良い時でも、スタートアップのおよそ9割は失敗に終わる。

 事業を立ち上げる人々の口からは、「破綻は速く、数多く」というフレーズがしばしば聞かれる。

 直近のベンチャーキャピタルの冬――ベンチャー企業への投資の世界合計は2021年から2023年にかけて61%減少した――のせいで倒産の新たな波が押し寄せてきている。

 データ会社CBインサイツが最近破綻したスタートアップ企業483社について調べたところによれば、破綻の理由は事業資金の枯渇(これは論外)、ライバルとの競争の敗北、創業者や投資家間の確執、疲弊・燃え尽きなどだった。

 シリコンバレーの神話では、こうした失敗は「ラーニング・モーメント」になり得るとされている。

 倒されても立ち上がる起業家が、次の起業に向けてより賢くなる方法を「学べる瞬間」だということだ。

 マイクロソフトの共同創業者ビル・ゲイツ氏がかつて言ったように、「成功は最低な教師」だ。

「頭脳明晰な人々をそそのかし、自分が負けることなどないと思わせてしまう」からだ。

過大評価される失敗の価値

 ただ、ゲイツ氏の魅力的な説には欠点が2つある。

 第1に、この説では破綻がもたらす人的コストと付随的損害が無視されることが多い。

 例えば、詐欺を働いた暗号資産(仮想通貨)交換業者FTXの破綻(創業者のサム・バンクマンフリードは収監された)を祝福する人はいない。

 投資家にとっては違う種類の「学べる瞬間」だったとしてもだ。

 2度目の挑戦をしていない人の話を耳にすることもめったにない。

 事業の破綻は創業者の健康、資産、人間関係を損ない、人生を台無しにしてしまうこともある。

 失敗した創業者の多くは、浮き沈みが激しく常に緊張を強いられる事業への挑戦などもうごめんだと考える。

 第2の欠点は、事業の破綻がその後の成功につながる頻度が誇張されがちなことだ。

 米国心理学会(APA)から今夏公表された興味深い論文によれば、失敗の恩恵は過大評価されている。

 論文の主著者であるノースウエスタン大学助教授のローレン・エスクレイス=ウィンクラー氏は「人々は、失敗の後には成功が続くものだと、それも実際より高い頻度でそうなるものだと思っている」と指摘する。

 破綻はやる気や自信を損なうことがあるうえ、失敗した本人を自己の修正に必ず導くわけでもない。

 事業以外のほとんどの分野では、過去の振る舞いから将来の振る舞いがかなりの精度で予想できると想定されている。

 事業の失敗と成功に関してだけ異なる想定をするのはおかしいのではないか。