(英フィナンシャル・タイムズ紙 2024年9月4日付)

メキシコのロペスオブラドール大統領(9月10日撮影、写真:AP/アフロ)

 自分がある多国籍企業のカントリーマネジャーで、不当に競争している競合国営企業と戦っていると想像してみてほしい。

 弁護士は訴訟で勝てる見込みがあると言うが、裁判官は政権与党の盟友で、規制当局者はライバル企業を所有している政府省庁の高官だ。

 そして税務当局は会社の請求書に不正がないかどうか調べる間、投獄するぞと脅してくる。

 このような悪夢はロシアでは起きるかもしれないが、米国にとって最大の貿易相手国である北米国家で想定するような事態ではない。

 すべての裁判官(最高裁判所の判事も含む)を有権者に選ばせるようにし、独立性を持った規制当局やその他の措置を廃止するために向こう1カ月で憲法を改正するメキシコの計画に対し、企業経営者が警鐘を鳴らしているのはそのためだ。

独立に匹敵する「第4次変革」

 こうした改革案は、貧困撲滅運動で貧しい層の間で英雄になったが、その権威主義的な傾向が野党勢力を不安にさせたアンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール大統領が考えたものだ。

 左派のポピュリストとして鳴らす大統領は在任最後の月になってもレームダックになるどころか、前に向かって突き進んでいる。

 憲法によって再選が禁じられていることから、ロペスオブラドール氏はメキシコ議会で事実上の圧倒的多数を手に入れた与党・国家再生運動(MORENA)の力を使い、スペイン帝国からの独立に匹敵すると謳う「第4次変革」を成し遂げようとしている。

 大統領によれば、改革は民主主義を強化し、裕福なエリート層に買収された腐敗した司法を是正する。

 メキシコの司法制度は改善する必要がないと主張する人はほとんどいないだろう。多くの犯罪は罰せられず、汚職は大きな問題になっている。

 だが、企業経営者はロペスオブラドール氏の改革は司法を政治化することによって事態を一段と悪化させると危惧している。

「これは規制されている産業にとって特に大きな問題だ」

 ある多国籍企業の経営幹部はこう話す。

「法の支配に依存する大規模な長期投資が必要なため、鉱業、エネルギー、通信が最悪の影響を受ける」

 個別企業は報復を恐れて公に発言することを渋るものの、米商工会議所は憤慨している。

 商工会議所は、司法改革は「法の支配とメキシコにおける事業活動保護の保証を損なう恐れがある」と表明した。

 米国のケン・サラザール駐メキシコ大使も大統領の計画に対して極めて異例な非難声明を出し、外交上の亀裂を生んだ。