(英フィナンシャル・タイムズ紙 2024年9月3日付)
大企業と億万長者は通常、政治的な物議に近寄らない。権力を行使するとしても、陰でやることを好む。
イーロン・マスクは違う。
この数週間、マスクはドナルド・トランプへの支持を表明し、自身が所有するソーシャルメディア、X(旧ツイッター)上で甘い質問ばかりのインタビューを行った。
先週、Xを禁止したブラジル最高裁判所との激しい争いも公然と繰り広げている。
マスクは最近、英国で内戦は避けられないと主張し、テレグラム創業者のパベル・ドゥーロフがフランスで逮捕された時には「視点:2030年の欧州ではミームに『いいね』を押したことで処刑される」と投稿した。
Xを所有していることで、マスクは自身の見解を視聴者に発信する巨大なメガホンを手に入れた。
だが、ソーシャルメディアプラットフォームばかりに目を向けると、マスクの地政学的な力の真の大きさと源泉が見えにくくなる。
ウクライナ戦争で果たす主役級の役割
ウクライナでの戦争とますます激しくなる米中のライバル関係においてマスクに主役級の役割を与えたのは、スペースXとスターリンク、テスラの経営権を握っていることだった。
パレスチナ自治区ガザでの紛争における端役も与えた。
こうした紛争では、マスクの役割は西側の文化戦争よりも曖昧だ。
その予測不能な介入が莫大な技術力および財力と相まった結果、マスクは彼個人の気まぐれが国際情勢の流れを変える可能性を秘めた無誘導の地政学的ミサイルとなった。
ロシアが2022年にウクライナ全面侵攻に乗り出した時、最初の目標の一つはインターネットアクセスを遮断することだった。
マスクはウクライナに自身の衛星インターネットサービスであるスターリンクへのアクセスを提供することで、決定的な瞬間にウクライナ軍が戦闘を続けられるようにした。
しかし、マスクはその後、ウクライナのスターリンクへのアクセスを制限することにした。クリミアでロシア軍を攻撃しようとする試みを阻止するためだ。
マスクは制限を正当化する根拠として第3次世界大戦のリスクを挙げた。
この行動は、ロシア側の要求を一部組み入れた和平計画の提唱と相まって、ウクライナでのマスク人気を著しく低下させた。
だが、第3次世界大戦のリスクについての見解は、バイデン政権のそれとそう大きく異ならなかった。