バイデン政権へのウクライナやISWの反論

 バイデン政権の主張に対してISWは以下のように反論している

《ロシア領内の奥深くにある空軍基地などの目標に対するウクライナの長距離攻撃は、ロシア軍の能力を低下させるために不可欠である》

《ウクライナ軍に対する西側提供兵器の使用制限を解除することは、ロシアの戦争努力を支える重要な目標を広範囲に攻撃することを可能にする。これらの重要な目標はウクライナ軍が攻撃できない聖域になっている》

 ISWが指摘するように、ロシア国内の奥深くにあるロシア軍の聖域は飛行場(図1参照)のみではない。

 ウクライナに対する軍事作戦を支援するための飛行場以外の様々な施設があることを無視している。

図1:ATACMSの最大射程300キロ以内にある飛行場

出典:筆者作成

 ISWは次のように指摘している。

「ATACMSの射程内には、ロシア国内に少なくとも250個の軍事施設および準軍事施設があると評価している」

「しかし、米国は現在、ウクライナ軍がロシア国内の軍事目標を攻撃するためにATACMSを使用することを禁止している」

「米国提供の誘導多連装ロケットシステム(GMLRS)の誘導弾を搭載した高機動ロケット砲システム(HIMARS)を使用した攻撃のみを許可しているが、ATACMSであれば攻撃できる250個の施設のうち、GMLRSでは最大でも20個の施設しか攻撃できない」

「この250個の施設のうち飛行場は17個のみであり、ロシア軍が他の233個の施設すべてから資産を再配置したとは考えにくい」

 つまり、ISWは、ATACMSに関する使用制限を解除すれば、ロシア国内にある233個の軍事目標(図2の⚲で示された施設)を攻撃可能だというのだ。

 なお、この233個の軍事目標が、冒頭で紹介したウクライナ政府高官がバイデン政権に提出する長距離攻撃目標のリストと関係していることは明らかだ。

図2:ATACMSの最大射程300キロ以内にある250個の軍事目標

出典:ISW

 ロシアの航空資産の再配置を中心とした米当局のコメントは、米国の禁止措置が解除されればウクライナ軍が攻撃できるATACMSの射程内にある標的の大部分を無視している。

 ATACMSの射程内にある233個の軍事施設および準軍事施設の多くは、大規模な軍事基地、通信ステーション、兵站センター、修理施設、燃料貯蔵所、弾薬倉庫、常設司令部であり、これらの施設から資産を迅速に再配置したり、急速に強化したりすることは極めて困難または不可能である。

 そのような施設から資産を大量に再配置することは、戦域全体のロシアの兵站に大きな課題をもたらすだろうが、ロシア軍がそのような兵站上の混乱に陥ったことを示唆していない。

 後方奥深くの聖域全体でロシアの兵站が混乱すれば、前線全体で進行中のロシアの攻勢作戦も制約されるはずであるが、そのような広範な兵站上の制約の証拠はない。

 ATACMSミサイルの射程内にある飛行場以外の233個のロシア軍および準軍事施設は、ウクライナとクルスク州で戦っているロシア軍に対するロシアの指揮統制(C2)、情報、偵察、兵站、修理支援を支援している。

 一部の飛行場からの航空資産の限定的な再配置に基づいてウクライナにロシアでのATACMSの使用を許可しても何の役にも立たないというバイデン政権の評価は、これらの施設を無視している。

 ウクライナにとって、自国製兵器で自由にロシア国内の高価値目標を攻撃することは不可欠であり、今後の動向が注目される。