122年前にもあった渋沢図柄の紙幣

「日本の第一銀行券の流通」というタイトルで「1878年に釜山に支店を開設した日本の第一銀行は1902年に大韓帝国の許諾がないままに銀行券を発行した。これに対して国民は第一銀行券排斥運動を展開したが、日本政府の介入で結局、流通を止めることができなかった」

 日清戦争後に朝鮮半島での日本企業、商人の活動が活発になったことを受けて第一銀行がまず兌換券を発行し、なし崩し的に銀行券になったという。

 渋沢栄一の図柄の紙幣は、1902年の韓国での発券に次いで122年ぶりのことだ。

 韓国銀行の貨幣博物館の説明にある通り、「大韓帝国の許諾がないままに銀行券を発行した」銀行のトップで、それが自分の顔の図柄の紙幣だったということだから、韓国では渋沢栄一を快く思わない声も少なくない。

 渋沢栄一は、韓国では、ソウルと釜山、ソウルと仁川を結ぶ鉄道事業の設立にかかわったほか、ガス、倉庫業など幅広い事業を始めた。

 韓国とは縁が深い経済人だった。

渋沢栄一の肖像画が入った、1円札、5円札と10円札

 だから、韓国でも、日本の1万円札の「顔」になったことは、それなりの関心を呼んだ。

 今回の発行開始にあたっても、韓国メディアでは批判的な報道が少なくなかった。

 だが、2019年に渋沢栄一が次の1万円札の図柄になると決まった時の方が批判はさらに強かった気がする。