実際に無痛分娩を経験した妊婦の割合

 日本の無痛分娩のニーズについては、複数のウェブメディアが行った調査が参考になる。

 例えば、ベネッセコーポレーションの運営する、出産育児に関連するウェブサイト「たまひよ」が何度かアンケートを実施している。そのアンケートによると、約4万人の回答のうち無痛分娩を希望する女性の割合は約2割だった。

 その他アンケートによって結果にはばらつきがあるが、2~4割程度に収まる。多く見積もっても半分ほどが希望し、残り半分が希望していないという半々の状況だ。

 一方で実際に無痛分娩を経験した妊婦の割合は、日本産婦人科医会の調査によると、2018年に6.1%、2020年に8.6%だった。

 これら希望している人と、実際に無痛分娩をした妊婦との間のギャップから、妊婦全体の1~3割ほどが「希望していたけれども無痛分娩をできなかった」という状態にあると予想される。

 無痛分娩についての情報が増えるなど状況が変われば、こうした希望者もさらに増える可能性はある。

 無痛分娩費用の助成が実現した場合、初期に無痛分娩を選択する割合は、おおむねこのギャップの分だけ増加する可能性は高いだろう。中期的にはさまざまな条件が整えば、妊婦の半数程度まで無痛分娩を選ぶ割合が増加しても不思議はない。

 もっとも、金銭面のハードルがなくなっても、ただちに全員が無痛分娩に向かうという単純な話ではない。現実的には無痛分娩を選ぶかどうかに影響する要素はほかにも複数が考えられる。

 事故が起きないかという不安にも関係する「安全性」をどう見るか。痛みが緩和されるかどうかという「無痛分娩の効果」をどう考えるか。文化的な「価値観」、周囲の家族などの「環境」、個人の「気持ち」など、挙げようと思えばさまざまな要素が関係する可能性がある。

 その中でも、安全性については最重要ともいってよいだろう。

 日本国内では2017年に一つの転機があった。この頃、無痛分娩に伴って分娩時に母親が亡くなった事故が多く報道されたころから、学会が緊急提言をするなど、無痛分娩の安全性が大きく注目された。こうした事故が広く認識されるようになり、妊婦の判断に影響を与えたと考えられる。

 後述するが、現在でも無痛分娩に関連した事故は一定の頻度で起こっており、そうして安全面のデメリットを認識しておくのは重要だ。

 無痛分娩の効果については、麻酔による痛み緩和の価値をどれくらい重視するかによって判断が分かれるだろう。

 産科の教科書にも載っているが、無痛分娩は「無痛」というものの、痛みが完全になくなるわけではなく、ある医療関係者は、「『無痛麻酔』という名前は実態に合わないため、『硬膜外麻酔による痛み軽減を伴う分娩』と表現するのがふさわしい」という。「和痛分娩」という言葉もある。

「無痛分娩をしたからといって痛みが消えるわけではない」と聞けば、選ばなくてよいと考える妊婦もいるだろう。

 さらに、お産の痛みを経験してこそ子への愛情が生まれるといった古くからの価値観も根強く、「一生に何度もあるわけではないので自然分娩で痛みを経験してみよう」といった気持ちも影響する可能性はある。無痛分娩を選ばない場合には、自然分娩を選ぶことになる。