人類は「冬眠」を手に入れられるか=イメージ(写真:DM7/Shutterstock)

 既存の学問領域にとらわれない研究を推進するフォーラム「Scienc-ome」に集う研究者が未来を語る連載。今回のテーマは、いまだ多くの謎に包まれている「冬眠」だ。

 理化学研究所・生命機能科学研究センター冬眠生物学研究チームの砂川玄志郎チームリーダーは現役の小児科医として臨床にも携わっている。救える生命を増やしたいという願いを叶えるためにヒトの冬眠研究にも挑んでいるのだ。

 冬眠はまだ多くの謎に包まれている。そもそも動物がなぜ眠るのかさえわかっていない。だからこそ冬眠研究には無限の可能性が秘められている。もし、ヒトの人工冬眠が可能になったとき、そこにはどんな世界が広がっているのだろうか。砂川氏が語る。

(竹林 篤実:理系ライターズ「チーム・パスカル」代表)

Scienc-ome」とは
新進気鋭の研究者たちが、オンラインで最新の研究成果を発表し合って交流するフォーラム。「反分野的」をキャッチフレーズに、既存の学問領域にとらわれない、ボーダーレスな研究とイノベーションの推進に力を入れている。フォーラムは基本的に毎週水曜日21時~22時(日本時間)に開催され、アメリカ、ヨーロッパ、中国など世界中から参加ができる。企業や投資家、さらに高校生も参加している。>>フォーラムへ

雪山の凍死者はなぜ、服を脱いでいるのか

「矛盾脱衣」と呼ばれる現象がある。雪山などで見つかる凍死者が、なぜか服を脱いでいる状態を表す言葉だ。

 かつて『八甲田山死の彷徨』と題した、高倉健主役のヒット映画があった。戦時中の日本軍の悲劇を描写したこの映画でも、厳寒にもかかわらず冷たい川に飛び込む隊員の姿が描かれていた。

 なぜ、そんな行為をしてしまうのか。あまりの寒さにどこかおかしくなるのかといえば、決してそうは言い切れないと、理化学研究所・生命機能科学研究センター冬眠生物学研究チームの砂川玄志郎チームリーダーは語り始めた。

砂川 玄志郎(すながわ・げんしろう) 国立研究開発法人 理化学研究所 生命機能科学研究センター 冬眠生物学研究チーム チームリーダー/小児科医 1976年福岡県生まれ。京都大学医学部卒業後、大阪赤十字病院で小児科医として勤務した後、国立成育医療研究センターにて勤務。その後、京都大学大学院医学研究科にて博士(医学)取得。2015年から理化学研究所 多細胞システム形成研究センター(当時)網膜再生医療研究開発プロジェクトでマウスを用いた冬眠研究を開始。現在も国立研究開発法人理化学研究所 生命機能科学研究センターで人工冬眠の研究を続けている。
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「矛盾脱衣は医学的用語であり、気温から判断すればとても寒いはずなのに、なぜか“暑く”感じてしまう現象を意味しています。理由を推測すると、あまりにも低くなったまわりの温度に対応するために、体内の基準温度を調節して著しく下げている可能性が考えられます。設定体温を一気に下げてしまえば、たとえ気温が低くても服を着ていると暑くて仕方がなくなる。だから服を脱いでしまうのです。実は冬眠する動物たちも、冬眠中は体温を下げるよう調節しています」

 冬眠する動物には、設定温度を下げる仕組み、具体的には何らかの遺伝子が働いている可能性があるとも考えられる。だとすれば、同じような遺伝子を持っているヒトがいたとしても不思議ではない。

ヒトも意図的に代謝を落とせる遺伝子を持つのか

「たとえば宗教者などもじっと瞑想に耽っているときなどは、代謝や脈が落ちているようです。つまりヒトもある程度なら、冬眠動物のように意図的に代謝を落とせる可能性が考えられます。そこでいま計画しているのが、低体温症の方の血液や症状をフォローして調べる研究です」

「ただしいきなり遺伝子レベルで突き詰めていこうとしても、それは難しい。けれども研究を進める中で、もしその方たちに特有の代謝産物などが見つかれば、次への道が開けてきます。それが何か特殊なタンパク質だったりすれば、次はその遺伝子が何なのか突き止めるステップへと進んでいけます」

「これまで私はマウスを使った研究がほとんどで、ヒトを対象としたスタディに取り組むのは初めてですから、何が見つかるのか、とてもワクワクしています」

 では、そもそも「冬眠」とは、どのような状態を表す言葉なのだろうか。