『源氏物語』の舞台、宇治市の宇治橋と紫式部像 写真/kamogawa/イメージマート

(歴史ライター:西股 総生)

知名度はあっても生涯は不明?

 筆者はこれまでに2度、大河ドラマ『真田丸』と『鎌倉殿の13人』で軍事考証を務めた経験がある。そんな形で大河に関わった筆者が、一視聴者として『光る君へ』を見ていて、ふと気づいたことがある。

 『光る君へ』の主人公である紫式部と、『真田丸』の真田幸村(信繁)との間には、実は意外な共通点があるのだ。もちろん、二人が生きた時代は600年も離れている。方や貴族の女性にして作家、方や戦国武将であるから、立場も生き様もまるで違う。でも二人には、大河ドラマの主人公として見逃せない共通点がある。

真田三代(幸隆・昌幸・幸村)の顔ハメパネルがある上田城。ただし城は江戸時代に入ってからの再築城で、真田時代のものではない 写真/西股 総生

 まず二人とも、たいがいの日本人なら名前を知っている有名人だ。しかも、二人とも歴史に残る大仕事を為している。一方は『源氏物語』を書き残し、一方は大坂の陣で大活躍というように。当たり前といえば当たり前かもしれないが、『いだてん』の金栗四三や、『女城主直虎』の井伊直虎あたりと比べれば、立ち位置の違いがわかるだろう。

 知名度からいうなら、『鎌倉殿』の北条義時よりも上だろう。反面で、紫式部も真田幸村も、どのような生涯を送ったのかはよくわかっていない。

滋賀県大津市の名刹、石山寺の本堂の一角に残る、「紫式部源氏の間」 写真/YANCHINGNOW/イメージマート

 この共通点は、大河ドラマの主人公としては、とても大事なことではないだろうか。細かい経歴がよくわからないということは、キャラの設定やストーリー作りの上で自由度が大きいことを意味するからだ。

 とくに幼年期〜青年期にかけて、つまり主人公の人格形成にかかわるストーリーは、ほとんど創作できてしまえる。しかも、『源氏物語』や大坂の陣といった到達点がはっきりしているから、そこを見据えて人格形成をしてゆけばよい。これは作り手、とくに脚本家にとって、かなりやり甲斐のある仕事に違いない。

真田丸跡と伝わる心眼寺 写真/西股 総生

 とはいえ、いくらストーリーが面白くても、登場人物が知らない人ばかりでは、視聴者はついてゆきにくい。その点、紫式部も真田幸村も、周囲には誰もが知っている歴史上の有名人がたくさんいる。紫式部の場合なら藤原道長や清少納言、真田幸村なら豊臣秀吉や徳川家康・石田三成といった具合だ。これなら、視聴者を飽きさせずに引っぱって行ける。

 と同時に、周囲に有名人がたくさんいるというのは、主人公を取り巻く状況・動向については、綿密な考証ができることを意味する。要するに、バッチリと考証された史実の中で、主人公を自由に動かせるわけだ。これは、大河ドラマの作劇においては、大きなアドバンテージではなかろうか。

伏見城模擬天守。真田幸村は豊臣秀吉・徳川家康といった有名人に囲まれていた 写真/西股 総生

 ちなみに、時代考証という観点からするなら『光る君へ』の場合、『小右記』の存在が大きい。戦国時代であれば、武将たちの出した書状類がたくさん残っているので、そこから人物の動向をかなり追える。平安時代の場合は、残っている文書そのものの絶対量が少ないし、公文書的な性格の史料がほとんどなので、文書から人物の日常的な動向を追うことは難しい。

 しかし、『小右記』のような綿密なリアルタイムの記録が残っていれば、貴族たちの動向がかなり掴める。これは、藤原実資が故事・前例に通じた優秀な実務家で、かつ出世欲のある人物だったおかげだ。実資さまさま、というわけである。

 とまあ、こんなふうに考えてくると、大河の主人公に採り上げやすい人物と、採り上げにくい人物との差がどこにあるのか、な~んとなく見えてくるような気もするのである。