ウクライナは米国の「核の傘」に守られていない

 大学生だった40年以上前、広島出身の友人に連れられて広島平和記念資料館を訪れ、原爆の悲劇を追体験した。その生々しさを米国の学生は知らないのだと思った。しかし広島と長崎が味わった未曾有の恐怖こそが第三次大戦を抑止してきたことも認めざるを得なかった。

広島に落とされた原子爆弾(提供:Hiroshima Peace Memorial Museum/U.S. Army/AP/アフロ)

 私たちは今、核保有国のロシアによる非道な侵略を目の当たりにしている。ウクライナは旧ソ連崩壊後、すべての核兵器を放棄した。1994年のブダペスト覚書で米英とロシアがウクライナの安全を保障することになったが、ウラジーミル・プーチン露大統領は一方的に破棄した。

 ウクライナは米国の「核の傘」に守られていない。プーチンは核カードを振りかざし、西側の対ウクライナ軍事支援を抑えるのに成功している。米国の追加支援は米下院で宙吊りになったままだ。弾薬が不足し、兵員も補充できないウクライナはなぶり殺し状態に陥りつつある。

 ロシア軍によるエネルギーインフラへの空爆はエスカレートする。3月21日、短距離弾道ミサイル9K720イスカンデル、極超音速空対地ミサイルKh-47M2キンジャール、戦略爆撃機Tu-95から発射された29発の巡航ミサイルKh-101/Kh-555をウクライナ軍は迎撃した。