徐々に失われるかつての強み

 筆者は、今のトヨタグループからかつての強みが徐々に失われているように思えてならない。その本質的な要因が「多様性の喪失」、特に考え方や思想における多様性の欠如に他ならないと感じている。

 はっきり言うが、グループ総帥である豊田章男氏の価値観だけが絶対視され、それを崇拝しなければ、社員らはトヨタ社内あるいはグループ内で生き残れないような体質になっているように見えてしまうのだ。端的にいえば、豊田氏の顔色を窺いながら、あるいは忖度しながら仕事をする社員が増えたということである。この結果、トヨタおよびグループから多様な価値観が失われつつあるのだ。実はこうした問題点を指摘する現役社員やOBは多い。

 ダイハツや豊田自動織機の不正では、「上にモノが言えない」ことや「言っても無駄である」と社員が感じていることが、やっていることが不正だと分かっていても組織としてそれを続けた要因の一つになっている。こうした点からも、トップの顔色を窺いながら恐る恐る仕事をしている企業風土が浮かび上がってくる。

 豊田氏が意図的にそうした風土を作ったとまでは言わないが、そう思う関係者が多いと見られる以上、グループの総帥として豊田氏は今のトヨタグループの風土を見つめ直す必要があるだろう。

 現に1月30日の記者会見では豊田氏はトヨタグループについて「現場が自ら考え動く企業風土にする」とも語った。この企業風土こそ、アイシンの火事対応の事例で紹介したようにトヨタグループの強みであったはずが、いつの間にか失われてしまっていたのだ。

トヨタグループの源流である豊田自動織機の創業者、豊田佐吉翁(写真:国立国会図書館所蔵画像/共同通信イメージズ)

 ダイハツがトヨタの小型車新興国カンパニー内に位置付けられたのは2017年。豊田自動織機にディーゼルエンジンの開発・生産の集約が決まったのは2014年。いずれも豊田氏が社長時代に決まったことであり、今回の不祥事は豊田氏にとって決して他人事ではないはずであり、会見で「トヨタの責任者として、現在、過去、未来、すべての責任を背負う」とも語っている。ただ、影響力の強い豊田氏が前面に出過ぎると、「忖度文化」からの脱出は難しいだろう。その微妙な舵取りができるか否かが、豊田氏が経営者として一皮むけることができるかどうかの試金石になるのではないか。

 冒頭で紹介した佐吉翁の「障子をあけよ、外は広いぞ」。今のトヨタグループにとっては、忖度文化がはびこるグループ内を見るばかりではなく、激しく動く時代の流れを新たな価値観で直視せよ、ということなのかもしれない。

井上 久男(いのうえ・ひさお)ジャーナリスト
1964年生まれ。88年九州大卒業後、大手電機メーカーに入社。 92年に朝日新聞社に移り、経済記者として主に自動車や電機を担当。 2004年、朝日新聞を退社し、2005年、大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。現在はフリーの経済ジャーナリストとして自動車産業を中心とした企業取材のほか、経済安全保障の取材に力を入れている。 主な著書に『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(文春新書)、『自動車会社が消える日』(同)、『メイド イン ジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『中国発見えない侵略!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)など。

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