春闘の集中回答日=2019年3月(写真:森田直樹/アフロ)
  • 賃上げをめぐる労使交渉「春闘」が始まり、ホンダやマツダなど大企業で労組の要求に対する満額回答が相次いでいる。
  • 物価上昇などを背景に賃上げは必要不可欠だが、労働の対価として大切な報酬(リターン)は、「お金」以外にも4つある。「ナレッジ」「リレーショナル」「プライド」そして「グロース」だ。
  • その中でも特に重要な「グロースリターン(やりがい・自己実現)」をどう得るかを考えてみたい。日本企業は、こうしたリターンを軽視してきてはいないだろうか。

(井上 久男:ジャーナリスト)

 今年も労使が賃上げ交渉を行う春闘のシーズンが始まっている。ホンダは2月21日の初回交渉で、労組の要求(月2万円の賃上げ、ボーナス7.1カ月)に満額回答、これを受け28日に交渉が妥結した。これは1989年以降では最高額となる。マツダも21日、労組の要求(月1万6000円の賃上げ、ボーナス5.6カ月)に満額回答、03年以降では最高となる。

 春闘序盤で有力企業が満額回答したことで、他企業でも早期妥結に弾みをつけ、賃上げ相場を底上げする可能性がある。物価上昇の局面では、賃上げがないと個人消費が伸びず、ひいてはそれが経済成長にも影響する。日本の平均賃金が国際的に見劣りし始めている中、収入が上昇することは歓迎したい。

 雇用者が被雇用者に労働の対価として賃金を支払うことは労働基準法で定められている。働いて「お金」をもらって人々は生活をしているので、賃金は労働の対価として必須のものだ。一方で、労働の対価とは、果たして「お金」だけなのだろうか。本稿では、この点について考えてみたい。

大切なのは「お金」だけではない(写真:cake_and_steak/イメージマート)

 働くことですぐに現金化できないような「価値」も得ることができる、と筆者は考えている。まずは仕事を通じて知識を得ることは対価と言えるだろう。これを「ナレッジリターン」と呼ぶ。続いて仕事を通じて人間関係が構築されていくことは「リレーショナルリターン」と言えるのではないか。知識や人脈を得て仕事の幅が広がり、自分の仕事に誇りと自信を持てるようになることは、「プライドリターン」と考える。

 そして、実は最も重要なリターンは、仕事を通じて人間として成長することではないだろうか。これを「グロースリターン」と呼ぼう。「人間としての成長」とは何か、定義しづらいものだが、端的には「やりがい」「自己実現」と言ってもいいかもしれない。