人間はなぜ恋に落ちるのか

「動物でも求愛行動はしますが、人間のような複雑な恋愛はしませんね。恋愛とはそもそも何なのか?」

 アメリカの自然人類学者ヘレン・フィッシャーが提唱する説を紹介する。二足歩行と脳の肥大化によって、ヒトは未熟なまま生まれてくるようになった。いわゆる生理的早産である。子どもが自分の意思で動き回れるようになるまで数年間、主に母親がつきっきりになる。母子に糧を運び、危険から守る役として、父親という機能ができた。

「オスは確信がもてないですよね。自分の子どもかどうか。だから、子どもへの愛情というよりは、大好きなメスが喜ぶことをなんでもしたい気持ちになるの。『ごはんとってくるよ!』『オレが守るよ!』みたいな。精神的に強く結びついた母親と父親の関係性の中で育てられた個体が生き残る割合が高かったために、ヒトの恋愛というシステムが発達したと考えられています」

 龍崎さんはさらに、人間が恋に落ちたときには特殊なホルモンの働きにより恍惚感や高揚感がもたらされること、それによっていわゆる「恋は盲目」と呼ばれるような心理状態になることなどを科学的に説明する。

「オスの気持ちが離れちゃったら、ごはんを運んでくれなくなるわけですよ。このひとの気持ちが離れてしまわないかどうかを、メスはどうやって判断すると思う?」

 教壇付近の生徒の顔を龍崎さんがのぞき込む。生徒の一人がぼそっと何かを言った。

「セックスではありません! もっとその手前の話だから」

 龍崎さんのサバサバとしたリアクションが笑いを誘う。

「会話です。話を聞いてくれるってことですよ。わかります?」