生活者の財布を直撃した、2022年春以降の物価上昇率も落ち着きを取り戻してきた。一時期は消費者物価指数で年率4%を上回っていたのだから、数十年ぶりの上昇率であり、その影響も大きかっただけに一息つき始めたと言ってよい。
一方、財価格の上昇ペースは緩やかになっているものの、一般サービスの上昇ペースは高止まりしているため、従来の「インフレを気にせずに済む世界に戻ることはない」との声も聞こえてくる。
世の中は物価をめぐる変化点に差し掛かっている可能性もあり、改めて現状を確認しておくべきかもしれない。2023年末に新著である『物価変動の未来 人口と社会の先を見晴らす』(東峰書房)を発刊したこともあり、今回は遠い将来も見晴らしてこれからの物価がどうなるかをイメージしてみたい。
(平山 賢一:東京海上アセットマネジメント チーフストラテジスト)
数百年単位と数十年単位の複眼で物価を見る
物価変動の未来は、時間軸を「数百年単位の超長期にわたる変化」と「数十年単位での長期的な変化」に区別すると見晴らしやすい。
数百年単位の変化としては、脱産業化と情報化が進むという社会要因と、世界の総人口増加率が2050年にかけて0.5%を下回るようにペースダウンするという人口要因が、いずれも物価抑制要因としてはたらく。
数十年単位の変化としては、社会要因として位置づけられるサステナビリティ重視の流れが物価抑制要因だけでなく上昇要因としてもはたらき、人口要因の中でも生産年齢人口減少などは賃金上昇を通して物価上昇要因となる。同じ数十年単位の変化でも、国際政治・国際経済などの対立が物価上昇要因として影響していくだろう。
各種の要因をまとめると、現代は、「数十年単位の変化」に位置する国際関係の対立化が物価上昇要因としてはたらき、「数百年単位の変化」に位置する情報化と総人口増加率の低下による物価抑制要因を相殺する構図になっているといえまいか。
以上をまとめると図のようになるが、それぞれの要因を説明してみよう。
1970年代の高インフレは数百年単位では異常な現象
19世紀のインフレ率は落ち着いた低位安定を保っていたが、20世紀に人類は、インフレ率が異常に高い時期を経験する。産業化の加速と高い総人口増加率がドライバーとなってインフレ率を底上げしたのである。
産業化は19世紀に米国やドイツに拡散し、世界の先進地域全体に波及するのは20世紀に至ってからのこと。総人口増加率も18世紀から19世紀半ばにかけては0.5%程度であったが、20世紀には2%を上回るようになった。
もちろん、1971年のニクソンショックをキッカケとした通貨制度の変更も、通貨要因としてのインフレに影響したのは間違いない。1970年代から1980年代にかけては、特に物価上昇圧力が高まり、インフレ率が過去200年間で最も高い水準になった。