- アルゼンチン大統領選で、「公式なドル化」を訴えるエコノミストのミレイ下院議員が勝利した。
- 自国通貨ペソの放棄である「公式なドル化」はいわば劇薬だが、アルゼンチン国民がそれを支持したのは分配重視の政策運営の打破を望んだからだろう。
- だが、ペロニスタによる分配重視の政策運営はアルゼンチン社会に深く根付いており、リバタリアンの大統領にしても、解消するのは容易ではない。
(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング・副主任研究員)
南米の大国アルゼンチンで11月19日、大統領選の決選投票が行われた。現職のアルベルト・フェルナンデス大統領の後継候補であり現状の維持を主張するセルヒオ・マッサ経済相と、アルゼンチン経済の変革を訴えるハビエル・ミレイ下院議員の一騎打ちとなったが、開票率95%時点でミレイ氏が56%近い得票率となり、勝利した。
ミレイ氏はオーストリア学派に強い影響を受けたエコノミストであり、市場への介入をよしとせず、いわゆる「小さな政府」を重視する。そして中銀制度を廃止し、自国通貨ペソを捨てて米ドルを法定通貨にする「公式なドル化」の断行を公約に掲げた。アルゼンチン経済の体質改善には、思い切った荒療治が必要だと主張したわけである。
他方でマッサ経済相は、ペロニズム(アルゼンチン特有の反米左派主義)であり、キルヒネリズム(ネストル・キルチネル元大統領以来の大衆迎合主義)の正統な後継者である。つまりマッサ経済相は、アルゼンチンの政界ではエリート中のエリートで、これまで通りの分配重視の経済運営の継続を訴えた。
結果として、有権者は大胆な変革を主張するミレイ氏を次期の大統領に選択した。ミレイ氏は12月10日に大統領に就任し、2027年12月までの4年を務める。公約通り、ミレイ新大統領が本当に公式なドル化まで踏み込むかは分からないが、アルゼンチン経済はすでに高度にドル化しており、それを公に容認するだけとも言える。
もっとも、本当に自国通貨を廃止した場合、再導入は極めて困難となる。公式なドル化は事実上、不可逆な通貨政策であるため、決断に慎重を期することに越したことはない。いわば極論であり、劇薬とも言える選択だ。そうした極論を主張するミレイ氏に、なぜアルゼンチンの国民は期待を寄せているのだろうか。