ブルーピリオド(1)』(アフタヌーンコミックス)山口つばさ 講談社

(文星芸術大学非常勤講師:石川 展光)

最難関の入試に挑む若者たちの熱いドラマ

 私ごとで恐縮ではあるが、私は美術予備校(油画科)の講師として糊口をしのぐ身の上である。要するに、美大受験用の油絵やデッサンの実技指導が生業なのである。

 ここ10年で油画科の志望者数は上昇傾向で、都内の名門校においては軒並みおよそ5〜6倍の倍率となっている。その中でも最難関とされるのが、東京藝術大学である。

 ちなみに今年の倍率は、実に21倍(合格は上位5%以下)。現役合格はほぼ100倍(上位1%)にもなる。狭き門にも程があるというものだ。

 その東京藝大を舞台にした『ブルーピリオド』(既刊16巻)は、『月刊アフタヌーン』(講談社)で2017年から連載中の漫画である。2021年にはアニメ化(Seven Arcs)、2024年には実写映画化もされている。作者の山口つばさ自身、藝大卒というキャリアを持つ漫画家だ。

 この漫画の影響で藝大を目指したいと思った若者は多いようである。実際、私の教室にもすでに本作を履修済みの生徒は少なくない。

 本作の主人公、矢口八虎(やぐちやとら)は、どんなこともそつなくこなす万能型のチャラ男である。高校2年生にもかかわらず悪友たちと酒を飲み、タバコも吸う。ひょんなことから「本当の自分」を知りたくなった八虎は美術の道に可能性を見出し、魔道ともいえる芸術の世界へ入り込む。これまでまともに絵を描いたことのない八虎は当然、デッサンも何もヘタなのだが、持ち前の行動力と明晰な頭脳でメキメキと「自分の作品」を練り上げていく。

 ここで注意すべきなのは、八虎は「ただ上手くなっていく」のではない、という点である。油画科は写実的に描く能力を求められる科ではない。何をどう描こうが、ほぼ自由である。入試ではどんな課題が出るか全く予想がつかず、「コレが出来ていればオッケー」というものがない。その実、曖昧な価値観に基づいた、危うい世界の危うい試験なのである。

 簡単に言えば「自分らしく描いてみて」と言われて、なんとなく描いてみたら「つまんないね」と言われちゃうような世界なのだ。つまり「自分らしく」と「人の心を掴む」という両方をやらねばならないのである。勿論、これはとてつもなく難しいことである。

 いきおい、八虎もこの危うさに悩み、葛藤する。畑違いの方々は「好きなことで受験できて羨ましい」という印象を持ちやすいのだが、コレが本当に苦しいもんなのである。しかも、この葛藤は入試が終わっても、永遠に続くのだ。