写真/西村尚己/アフロ

(文星芸術大学非常勤講師:石川 展光)

真の「努力・友情・勝利」を描く

 吾峠呼世晴による『鬼滅の刃』(以下『鬼滅』)は、2016年から2020年まで週刊少年ジャンプ(集英社)に掲載された剣戟アクション漫画である。全23巻で完結しており、2019年にはアニメ(ufotable制作)も放映されている。そして本年7月18日には劇場版映画『無限城編』が公開予定である。国内最大規模の劇場展開となり、海外でも150以上の国と地域にて順次上映されるという。

 原作コミックの累計発行部数は約1億5000万部。2020年のオリコン年間コミックランキングでは8234.5万部で歴代最高売上を獲得し、連載開始から4年で1億部に到達。これは「史上最速の1億部突破」とされている。また、劇場版映画『無限列車編』の興行収入は404.3億円で歴代第1位を記録し、ギネス記録に認定された。

 この不況と不安の時代に、これほどまでに爆発的に売れた作品の魅力は何なのか。あらためて『鬼滅』を語りたい。

 本作は「凶悪な人喰い鬼を主人公たちが命を賭けて討伐する」という至極シンプルな物語である。主人公の竈門炭治郎(かまどたんじろう)は、倒した鬼を弔うほど心優しいが、生真面目過ぎる性格で、相手と噛み合わないことが多い。しかしこれは主人公だけではないのである。敵味方含めて全員が、全編通してディスコミニュケーション合戦を繰り広げるのだ。 

 簡単に言えば、登場人物のほぼ全員が「超頑固」なのである。全てのキャラが自分の立場と都合を全面に押し通すのだ。このキャラクターの自我の強さが、そのまま鮮やかな個性になっているのである。ここが本作の真髄だと言ってもいい。

『鬼滅』のキャラは、決して馴れ合いの関係にならない。挫折と成長を経験しながら少しずつ親密になっていくのだ。キャラ同士のぶつかり合い、笑いと涙の挟み方など、強いコントラストで描かれつつ、信頼関係は緩やかなグラデーションで描かれていくのである。高密度で濃厚な「努力・友情・勝利」を読みたいなら、本作をおいて他にはない。

 作者は影響を受けた作品に荒木飛呂彦の『ジョジョの奇妙な冒険』(以下『ジョジョ』)を挙げている。そして本作は『ジョジョ』の換骨奪胎と言える作品である。クセの強い作風はもとより、呼吸法による戦いなど、オマージュとも言えるほどに影響は端々に見られる。しかしその遺伝子を最も色濃く継いでいるのは、最大の魅力でもある「独特のセリフ回し」にある。

『ジョジョ』にも『鬼滅』にも印象的なセリフが頻出する。実はこれは超上級のテクニックなのである。何故ならそれを成し得るためには、幅広いボキャブラリーで、リアリティー溢れる個性を表現しなければならないからだ。そして『鬼滅』には、それがあるのである。「キャラ立ち」とは、綿密に練られた絵とセリフでデザインされるものなのだ。