
(文星芸術大学非常勤講師:石川 展光)
メディアミックスならではの魅力
『薬屋のひとりごと』は日向夏によるライトノベルを原作として、主なキャラクター原案をしのとうこが担当し、ねこクラゲ(月刊ビッグガンガン:既刊14巻)と倉田三ノ路(月刊サンデーGX:既刊19巻)の作画によるコミカライズが出版されている。2023年には日本テレビ系列でアニメ化(TOHO animation STUDIO/OLM)されており、本年の1月から第2期も放映された話題作である。原作の小説はRayBooksとヒーロー文庫で刊行されている。
まず漫画作品が2つあることが驚きである。2作品の違いを一言で表現するなら『ビッグガンガン』版はラブコメ寄り、『サンデーGX』版はミステリー寄りの作風となっている。視点や構成に若干の差はあるが、原作は同じなので内容に大きな違いはない。アニメ版は双方の良いとこ取りのようなコンテンツになっている。原作のラノベ、2種類の漫画版、そしてアニメと、メディアミックスならではの楽しみ方が出来る作品である。

右・『薬屋のひとりごと~猫猫の後宮謎解き手帳~(1)』(サンデーGXコミックス)原作:日向夏 作画:倉田三ノ路 キャラクター原案:しのとうこ 小学館
主な舞台は架空の国「茘(リー)」の後宮、つまり皇帝専用のハーレムである。薬師である主人公の猫猫(マオマオ)が、宦官の壬氏(ジンシ)と共に優れた観察眼と薬学の知識を駆使して、オムニバス形式で謎を解決していくのが物語の本筋だ。
ラノベによくある西洋風の設定ではなく、中華風というところがミソである。物語やキャラクターたちの設定上、これは必然的なものなのだが、ここでも原作者の実力が窺える。相当の知識と創作力がなければ、この物語は成し得なかったはずだ。
探偵役にあたる猫猫は、超常現象を科学的に解明したり、媚薬(チョコレート)を創作したり、脱出ゲームに挑んだりと、次々と難題を解決していく。本作は読者が一緒に謎解きをするというより、「へーそうなんだ」というトリビアルな知識を楽しむ要素が大きい。また基本的には勧善懲悪のケースが多いので、敵役が懲らしめられる爽快感も十分にある。とはいえ本作の魅力は、この「ミステリー」の他に「群像劇」と「ラブコメ」という要素が重なって、さらにそれらが密接に絡み合う点にある。
本作の舞台となっているのは「花街」と「後宮」という似て非なる場所である。プライドと命を賭けた女たちの戦い、皇帝の世継ぎをめぐる権謀術数、そして主人公たちの複雑すぎる人間関係と血縁関係など、長編ドラマのような展開も非常に見応えがある。
クセの強い登場人物たちのバックグラウンドも丁寧に設定されており、これもまた大きなミステリー要素として描かれている。巻数を重ねるたびにそれらの真相が明らかになるのだが、これがひとつの優れた「群像劇」として楽しむことができる。