『平和の国の島崎へ(1)』 (モーニングKC)原作:濱田 轟天 漫画:瀬下 猛 講談社

(文星芸術大学非常勤講師:石川 展光)

冷酷さと愛くるしさの「ギャップ萌え」

 マッツ・ミケルセンといえば、当代随一のイケオジとして有名な俳優である。その無機質でシャープな顔は一度見たら忘れられない印象を持っている。そして彼はまた、その淡麗な容貌に似つかわしくない可愛いしぐさでファンサービスをすることでも知られている。いわゆる「ギャップ萌え」というやつである。

 そんなマッツに酷似した島崎という39歳の主人公が、ある時は冷酷な殺人マシーンとして、そしてまたある時は愛くるしいイケオジとして大活躍するのが、現在モーニング(講談社:既刊8巻、9巻が5月22日刊行予定)で連載中の『平和の国の島崎へ』(原作・濱田轟天/作画・瀬下猛)である。

 第8回さいとう・たかを賞を受賞し、累計発行部数は100万部を突破、アメリカ、フランス、ドイツ、アルゼンチン、韓国など9つの国や地域で翻訳出版されている作品だ。

 島崎は幼い頃、国際テロ組織によるハイジャックで母親を目の前で殺害され、生き残ったところを捕らえられた過去を持つ。少年の頃から戦闘工作員として殺しのテクニックを叩き込まれ、望まぬままに最凶の兵士になってしまった人物である。島崎は生き延びるために、敵味方問わず数知れぬ人を殺してきた。そして僅かな隙をみて、故郷である日本に亡命してきたのである。

 島崎のコードネームは「ネブロー(霧)」という。所属していたテロ組織から奪還命令が出ており、表向きには平和な日本において、時と場所を選ばずテロ組織、ヤクザ、公安といったさまざまな組織が、それぞれの正義をめぐって殺し合うのである。

 亡命した当初、島崎は無表情で冷酷な思考回路しか持たなかった。しかし日本国内を巡る旅路のなかで人の情けに触れ、徐々に「表情」を取り戻していく。心から笑ったことのない人間が、少しずつ笑うことを覚えていくのだ。

 島崎は平和の国(日本)のなかに自らの居場所を見出そうとする。戦場しか知らなかった彼にとって、目に映るもの全てが新鮮で、感動を呼び起こすものとして描写される。

 島崎は喫茶店のアルバイトや漫画家のアシスタントなどに勤しみ、また町内会のお祭や草野球などに積極的に参加し、懸命に奮闘する。その度に奇矯な振る舞いで周囲を呆れさせるが、それ以上に皆を和ませる。そういう時、島崎は笑う代わりに不器用にはにかむのだが、そのギャップ萌えに身悶えすること請け合いである。平時の島崎は、滅茶苦茶に可愛いのだ。

 そんな島崎の珍プレーで傑作なのは、着ぐるみのバイトをするシーンだ。百戦錬磨の兵士である島崎は、着ぐるみを着てもまったく可愛くないのである。驚異的な身体能力と隠しきれない殺気で、着ぐるみでは有り得ない機敏でアクロバティックな動きを見せ、子供たちを怯えさせ、主催者たちもドン引きさせてしまう。笑いをこらえられないワンシーンである。