再び戦場へ戻る日までの切ないカウントダウン

 本作は平均的な漫画よりもコマが少なめで、一つのコマが大きい印象があり、その分、人物の表情とセリフが重視されているのである。登場人物たちの表情や仕草のボキャブラリーが非常に豊富で、とりわけ笑顔の描き方が上手い。島崎の照れ笑いから、苦笑、微笑、嘲笑、冷笑、爆笑など……。バリエーション豊かな笑顔でそれぞれの性格を見事に描き分けている。セリフも徹底的に無駄が削ぎ落とされ、重要な情報を読み落とすことがないままテンポよく読み進めることが出来る。

 食事のシーンが多く、そのどれもが印象深いのも強調しておきたい。本質的に食事とは人間にとって平和の営みであるはずだが、本作では和やかな食事でなく、どこかきな臭い食事シーンが色濃く表現されているのも特色だ。

 例えば、少年兵で組織されたテログループがこぞって唐揚げ弁当を食べるシーンがあるのだが、メンバー全員が「握り箸」という描写がある。これによって、この組織の無機質で無情な面を際立たせている。また公安の人間が安っぽいチョコチップパンをペットボトルのお茶で流し込んでいるシーンも非常に印象的だ。どちらも剣呑な雰囲気の食事として秀逸な表現である。

 その一方で、聞きなれない名前の国際色豊かな食べ物も登場する。島崎たちが諸国を転戦している間に経験した平和の記憶として、それらは鮮やかに表現されている。食事シーンが印象的な作品には名作が多いという好例だ。

 最後に本作最大のポイントについて触れておかねばならない。

 エピソードの末尾に「島崎が再び戦場に復帰するまで……○○日」と表記されるのだが、このカウントダウンが作品に深い切なさと非情な印象を与えるのだ。つまり、島崎は戦場に還る運命にある、ということなのである。

 イスラム国が捕虜を惨たらしく処刑して大いに話題になったのは、今から約10年前のことである。日本人の犠牲者も出たことから、有事下における暴力の凄まじさに戦慄した人も多いはずだ。

 今も暴力の惨禍は世界各地で治まることはないが、我が国の人々はまだどこかそれを対岸の火事としてみている。その話題はなぜか頻出する芸能人のスキャンダルにかき消され、目線を有事から逸らされている印象すら感じる。『平和の国の島崎へ』は、そんな平和ボケな我々にプスリと刺さる作品である。今こそご一読をお勧めしたい。

(編集協力:春燈社 小西眞由美)