極限まで体脂肪を減らせば、免疫低下などの健康リスクが高まる(写真:新華社/アフロ)

 本連載では、激動の地政学動向において企業が取り組むべき5つの指針を示している。前回の「米中欧で異なるデータ規制、GAFAMも苦慮するデジタル分断にどう対応するか」では、デジタル分断を余儀なくされる新たな世界においては、データの保護・利活用という観点から市場や開発拠点を再評価する必要が生じていることを述べた。
 
 今回は、指針4「地政学リスクに伴うコストアップへの対処が経営の腕の見せ所」について語る。

※【米中分断時代の経営論(1)】貿易摩擦から価値観の戦いにシフトした米中対立、経営者はいかに対応すべき
※【米中分断時代の経営論(2)】誰もに降りかかる米中対立の火の粉、対象は先端技術の分野から汎用品まで拡大
※【米中分断時代の経営論(3)】米中・対ロで乱立する禁輸・投資規制、地政学リスクの増加で企業が被る実害
※【米中分断時代の経営論(4)】米中欧で異なるデータ規制、GAFAMも苦慮するデジタル分断にどう対応するか

(羽生田慶介:オウルズコンサルティンググループ 代表取締役CEO、
オウルズコンサルティンググループ通商・経済安全保障支援チーム)

「在庫の最小化」「工場稼働率の最大化」という哲学からの卒業

 日本の製造業で働くビジネスパーソンは、長らくサプライチェーンマネジメントには二つの絶対真理があると教えられてきた。それはコスト削減およびキャッシュフロー改善のための「在庫の最小化」と「工場稼働率の最大化」だ。

 事実、パソコンなどの商品サイクルが短い商品は、市場に半年滞留すれば価格下落で赤字化することも多い。いかに無駄なく、適時(ジャスト・イン・タイム)で供給網を組むかが至上命令だったのだ。あくなき「筋肉質」追求のサプライチェーンマネジメントだ。

 だが、極限まで体脂肪を減らしたボディビルダーが、免疫力低下などで不健康になるのと同様、「在庫の最小化」と「工場稼働率の最大化」という効率化一辺倒のサプライチェーンは不安が多いことが共通認識となってきた。

 アジアでの天災による自動車部品製造のストップで大きな損害が発生し、コロナ禍ではマスクの供給不足で官民ともパニック。そして近年の地政学リスクの高まりにより、いよいよサプライチェーンマネジメントとして信じる「哲学」から変わろうとしている。

2011年10月の大洪水で浸水したタイの工業団地。日系自動車メーカーも大きな被害を受けた(写真:AP/アフロ)

 今日のサプライチェーンには、危機を乗り越える「レジリエンス(回復力・弾性)」が求められる。そのために丁寧にデザインしなければいけないのが「冗長性」だ。経済合理性を維持しつつも、有事における供給の脆弱性を回避し、事業の継続性を確保する体制への転換が不可避だ。

日本の製造業は「在庫の最小化」と「工場稼働率の最大化」を金科玉条としてきたが、一定の冗長性を持ったサプライチェーンを構築する必要がある(写真:AP/アフロ)