イスラエルとイランの対決に?

 イラン政府は、イスラエルを壊滅させると公言している。イスラエルの北のレバノンでは、テロ組織「ヒズボラ」が、イランから供与されたミサイルやロケット弾約14万発を保有している。イスラエルのガザ侵攻が始まった場合、ヒズボラがハマスを支援するために、北方からのイスラエル攻撃に踏み切る可能性がある。イスラエル政府が、レバノン国境から2キロ以内の地域の住民の疎開を命じたことは、ヒズボラとの戦争の可能性が高まっていることを示している。

 この場合、ネタニヤフ政権は二つの戦線で戦うことになり、窮地に追い込まれる。米国のバイデン政権がUSSドワイト・D・アイゼンハワーと、USSジェラルド・R・フォードの二隻の空母打撃群を地中海東部に派遣したのは、ヒズボラやイランがイスラエルの戦争に介入しないように牽制するためだ。米国の空母派遣は、中東の緊張がハマスの大規模テロによって一気に高まったことを示している。

 イスラエル市民の間では、「最悪の場合、イランとの戦争になるかもしれない」という声もある。ネタニヤフ政権が、ハマスの大規模テロにイランが介在していたという証拠を見つけた場合、同国はイランに対する報復に踏み切るかもしれない。イスラエルは、イランの核開発に強い懸念を抱いており、欧米中によるイランとの核合意にも批判的である。イスラエルとイランの間で戦争が起きた場合、ここ数年中東に漂っていた「雪解けムード」は雲散霧消するだろう。

 日本ではハマスの大規模テロについて、遠い国の出来事だと思っている人が多いかもしれない。私はそうは思わない。日本は輸入する原油の約90%を中東地域に依存している。私自身は、エネルギー源や重要原材料などの50%以上を一つの国や一つの地域に依存することは危険であり、避けるべきだと考えている。

 ハマスの大規模テロは、我々がエネルギーを大きく依存している地域が、一瞬の内に情勢が急転する不安定な地域であることをはっきり示した。我々日本人は、世界各地での地政学的リスクが高まる中、エネルギーの自給率を高める努力を一刻も早く始めなくてはならない。

【参考文献】

熊谷徹
1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。

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